すこし前に「医療のセカンドオピニオンのすすめ」とよく言われたことがありましたが、
最近はあまり聞かなくりましたね。
ボクは「セカンドオピニオン」に消極的です。
大体、カタカナ語は信じません(カタカナ語は嫌い)。
カタカナ語を使う(使わなければいけない)胡散臭ささを思うからです。

メディアも「セカンドオピニオン」よりも伝えたいことが出来たからなのか?
その問題点に気がついたのか?取り上げなくなりました。
もし、セカンドオピニオンで初めと違う見立てが出たら、どうするのでしょう?
その可能性は高いと思うのですが、
人は自分独自の見解を言いたいものです。
ましてプライドの高い人が多い医者ですから(ボクの勝手な空想)?
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- 2009/11/17(火) 09:09:13|
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単縦陣(縦に一列に並んで航行する陣形)で航行する旧日本海軍の戦艦です。
明治以降に造られた戦艦
先頭から<扶桑><初瀬><安芸><霧島><大和>です。

実はイラストの光景はありえません。この5隻は同時期に存在していないからです。
イラストの便利なところで、こんな架空の光景も可能になります。
古い自動車をマニアが持ち寄って披露したり走らせる会がありますが、
旧日本海軍にも、そんな会があればと仮定しました。
太平洋戦争の初期まで海上の決戦兵器は厚い装甲と巨砲をもつ戦艦でした。
莫大な国費(税金)をつぎこんで世界の列強国は開発競争をしました。
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- 2009/11/10(火) 07:21:08|
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太宰治 著「人間失格」角川文庫¥230、を読みました。
「えっ 230円?」と安さにビックリ!
学生時代、友人から「本を読め!」とよく言われました。
そのころ、ボクは本を読むことに興味をもてなかった(歴史以外)。
「読むとしたら、何が良いのか?」と、さして読む気もないのに彼にききました。
本のタイトルをいくつかあげてくれました。
たしかそのなかに、この「人間失格」があったような気がします(不確かな記憶)。

時が過ぎ、今や、私は本の虫になってしまいました。
文学を読むというのではなく、気がむいた本はなんでもという読み方です。
ノンフィクション派ですが、常に3〜4冊を同時進行で読んでいます。
太宰の「人間失格」を読もうと思ったのは、
太宰治生誕記念とかで、今年はメディアによくとりあげられました。
それを見ていて「ひょっとすると、ボクに似ているのかも?」と思ったのです。
なにせ人間失格人間なのだから。
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- 2009/11/03(火) 08:55:49|
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ボクが好きな車、
アバルトです。
イタリヤのみならず、金がない「かっ飛び小僧」たち
(お嬢でもおじさんでも良いのですが)の垂涎のマトでした
(すくなくともボクは)。

ボクはファラーリとかマセラーティとかメルセデスとかアストンマーティンには
あこがれませんでした。今でもそうです。
それらのクルマには「手が届きそうもない」ということもありますが、
「何千万(今では)も出せば良くて当たり前だろう」という気持ちがボクにはあります。
排気量が小さく、限られた馬力をなんとか引っ張り出して操ることに魅力を感じます。
所詮は貧乏人のたわ言かもしれませんが・・・
かつては、ロータスもポルシェもそういった車でした。
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- 2009/10/27(火) 07:30:03|
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「艇長!何かいます!」「潜望鏡上げ!」「オーッ!」
こんな潜水艦なら、乗ってみたいものですが・・・

ずいぶん前ですが「ミクロの決死圏」という映画がありました。
脳内の病気で倒れた政府要人を治療するために、
潜航艇をミクロ単位の大きさに縮小して、同じく縮小した医師を数人乗せ、
注射で体内に送り込む。
白血球や抗体の攻撃をすり抜けながら、患部に到達、レーザーで病巣を除去。
体外に脱出するところで、乗組員のなかに潜んでいた敵対国のスパイが正体を現し、
すったもんだするという内容でした(たしか?)。
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- 2009/10/20(火) 08:37:49|
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織田信長は徳川家康に、
「この老人は常人では出来ないことを三つもやった御仁だ。
一つ目は主家、三好氏への暗殺と謀略。二つ目は将軍暗殺。
三つ目は東大寺大仏の焼討である。」と言って久秀を紹介したと言われています。

侮辱による紹介とも、
「世の常識などクソくらえと行動した。たいした男だ!」と評価をしていたともとれる。
なにせ、信長自身がそういったことをしてきたのだから。
もし、侮辱だとすれば、「弾正忠(信長のこと)よ、お前には言われたくない!」
と久秀は思ったことだろう。
「陣中にあっても女色にふけった・・・」とオマケも付いている。
(後に付け加えた、悪人説を際立たせるための作り事だろう?)
悪人=スケベというありがちな設定だ。日本ではなぜか悪人=スケベになる。
「この老翁は世の人の成し難き事を三つ成したる者なり。
将軍を弑し奉り、また己が主君の三好を殺し、南都の大仏殿を焚きたる松永と申す者なり」
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- 2009/10/13(火) 17:31:44|
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戦国時代の馬はポニーぐらいの大きさだったと言われています。
昔の馬の体高標準は四尺(約121cm)で、五尺の馬など例外だった。

奥州から信長に贈られた馬の体高が五尺八分(約154cm)あったという
記述が残っているそうです。
当時の日本では、桁はずれの大きい馬だったということになります。
記述に残すほどの立派な馬だったのでしょう。
現在の分類では体高147cm以下はポニーだそうで、
戦国時代の馬はポニーの分類になってしまいます。
(中世ヨーロッパの軍馬は今より小さいが155cm程度だった。)
こうあってほしいことと実際は違います。 続きを読む
- 2009/10/06(火) 07:46:54|
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