ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

書き換えたら

「船越、松居夫婦のすったもんだ」が面白い(下品ですが)
女優、杉田かおるの「高級フランス料理店での飛びけり事件」以来のおもしろさ(野次馬としては)。

金儲けがうまい激情妻、松居一代。
吠え、噛みついております。最強タイプの女かも?
温和な人格者夫、船越英一郎。という構図だが、本当のところはわからない?

妻、松居が船越の父母の位牌を紙袋にいれ、玄関においておいたという、
怒りにまかせてのやり過ぎだと思うが、
驚いたのは位牌本人たちではなかったか?

船越英一郎の父は、かつての二枚目俳優、船越英二。
母は、かつての美人女優、長谷川裕見子、貞淑な日本夫人が役どころだった。

ボクは位牌に魂は宿っていない、と思っているが、
空の高みから「ななななっ」ではなかったか。




ということで今回の話、

仕事をサボって、いつもの喫茶店のいつもの席でコーヒーを飲んでいた。
窓際なので道行く人がよく見える。
ボンヤリとそれを見るのが好きだ。

ボクの後ろのテーブルに男二人が座った。
その日(その時間)、店は空いていた。

窓の外を眺めているのに飽きると、男二人の話が背中越しに入ってきた。

人は聞こうとして意識をむけないと聞き取ることができない。
学校の授業でも、他事を考えているときは聞いていない。

misairu1112.jpg


男A 「しかし、北はICBM(大陸間弾道弾)の開発に熱心だな」

男B 「体制の存続と命がかかっていると思っているからなあ・・・」
男B 「トランプ(大統領)が”あの男は人生で、ほかにやることがないのか?”と言っていた、まったくだ」

男A 「最近の兵器はIT化が進んでいるだろうから、とびぬけたIT技術があれば、
    多くの兵器の無力化ができるかもしれない?」

男B 「そうなると、兵器の性能など意味がなくなってしまうよな」

男A 「ミサイルの制御には、ITが使われているように思うんだ。北でも」
男A 「ITといえば、もっとも進んでいるのはアメリカだろ、イスラエルも進んでいるかも、」
男A 「その高いIT技術で北に侵入(ハッキングというのかな?)して、ミサイルのプログラムを書き換えてしまう。」
男A 「ミサイルを発射して高度5000mに達すると、180度向きを変えて発射地点にもどってくる、というように」

男A 「10発発射して、10発ともそうなれば、北もとりあえず、それ以上の発射はあきらめるだろ」

男B 「う~ん、アメリカならできるかもね・・・」

男A 「空母やB1爆撃機などで威圧をしなくてもさ・・・」

男B 「いや、もうそういう作戦は可能になっているのかもしれないな」
男B 「でも、それを現時点で使ってしまうと、対策をほどこされて肝心のときに作戦が不発になってしまう」
男B 「肝心の時というのは、ICBMがアメリカ本国に向けて発射準備にはいった情報を入手した時だ」

男A 「ということは、日本へ向けた核ミサイルには、その作戦は発動されないわけだな」

男B 「そうだな。第二次大戦中、イギリスがドイツ空軍のコベントリー爆撃の暗号解読に成功するのだが、
   暗号解読に成功したことをドイツ側に知られることをさけるため、
   イギリスはコベントリー爆撃に目をつぶった、という説がある。
   もっと大きい勝利のためにコベントリーを見殺しにした、といえなくもない。
   まあ、いつでも暗号解読に成功したかどうかは公にはされないから、推測なんだが・・・」

男B 「だから、本土に脅威が迫ったときまで、アメリカはその作戦を温存する。」
男B 「日本への攻撃には、既存のミサイル防衛システムで対処させるわけだ。」


男A 「北の肩を持つつもりはまったくないけど、そもそも、核保有国の、
    ”うちは核兵器をもっても良いけど、お前らはダメって”おかしいよね」

男B 「”牛や羊は食ってもいいけど、クジラはダメ”という連中だからな。
    西洋では以前はクジラは油だけとって肉は捨てていたんだから」

男A 「軍事力は外交の一手段だが、核の脅しに対してまともな外交ができるのだろうか?
   ハッキリ脅さなくても、匂わすことはいくらでもできる。
   ”もし・・・”を思いながら強気の姿勢がつらぬける外交当事者はいないだろう。」

男B 「でも、核兵器所有の制限をくわえないと、それどこ?なんていう国や、
    政情不安の国が核兵器所有宣言をするかもしれんしなあ?」

男A 「アタッシュケースにおさまる核兵器もあるというし、
   大学生程度の頭があれば作ることが可能だと言うしなあ・・・」
男A 「いろいろ理由はあるのだろうが、先人はやっかいなものを作ってくれたもんだ」

男B 「・・・」


ボクはそんな話を背中で聞いていた(盗み聞き、下品)。
正確ではない。だいたいの話だ。
コベントリーの話は知らなかったな。


古いハリウッド映画「渚にて」を思いだした。

1959年、スタンリー・クレイマー監督、グレゴリー・ペック主演
米ソ冷戦時代に第三次世界大戦が起き、ひたひたと滅んでいく地球、とい恐ろしい映画。








  1. 2017/07/18(火) 07:15:45|
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プレゼント(ジョーク)

present21.jpg


一平は内気だった。
前から「いいなぁ」と思っていた里紗の誕生日に、上質な皮の手袋を送ろうと思った。

カードにメッセージを添えて、デパートから里紗に送ってもらうことにした。

『この前はありがとう。
寒い日だったのに、君がしていないのに気がついたのです。
これはリバーシブルですから、汚れたら裏返して使うことができます。
表と裏の両方、つけるときの君をかってに想像しています。』

しかし、デパートの店員はいいかげんなヤツで、他の客が買ったパンティーのほうを送ってしまった。




植松 黎編・訳「ポケット・ジョーク」(角川文庫)¥390を参考にしました。







  1. 2017/06/27(火) 07:39:28|
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悪人づら

akunin12.jpg

久しぶりに似顔絵を画いた。

ハッキリ言って悪人づら、ボクにはそう見える。
すくなくとも、善人づらには見えない。

「思いや考え方が顔つきにあらわれる」という説を、ボクは疑いながらも、どこかで信じている。
それが本当なら、ということで背景は闇とした。

お近づきにはなりたくない面々だ。怖そう。

もっとも、「お前のような大衆の、それも下層のヤツなど、たのまれても願い下げだ!わかったか、このゴミ!」
と面々からいわれるだろうが、(それすらない)


こんなことを書くと、次のような言葉が聞こえてくる。

「見た目で人を判断してはいかんがねぇ(名古屋弁、いけないでしょ、の意)。
おじさんになれば、だれでも悪人面になるんだわぁ(名古屋弁、なるのです、の意)」

「そんなことをいっているから、お前は貧乏なんだ。お近づきになれば、有形無形の利益が望めるんだぞ!」

「政治は善人に出来るわけねぇだろ。お前は歴史を勉強したことがあるのか?
田中角栄は善人か?岸信介はどうだ?伊藤博文、徳川家康、織田信長、源頼朝、はどうだ?
スターリン、ルーズベルト、チャーチル、フランコ、毛沢東、カストロ、蒋介石、・・・は善人か?」

「お前は、この世が整然としたものだと思っているんじゃあないのか?矛盾だらけなんだぞ。
そもそも、人間そのものが矛盾だらけだ。」

「だから、政治を善人に委ねるとだなぁ、ハチャメチャになってしまうんだ。
いい年をして、そんなこともわからんのか!」

「こらぁ、午前11時だというのに、寝ぼけた顔をしやがって、シャキッとせんかぁ!アリナミンを飲め!」


そ、そのとおり、ごもっとも!

それでもなあ、
世界を左右できる立場にいるのが・・・悪人・・・とは・・・







  1. 2017/06/06(火) 07:25:07|
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テレビCM、好き嫌い

テレビCMを嫌う人がいる。

「今、いいところ!」というところでCM。
深刻な場面でCM。それが能天気(この字だったかな?)な内容だったりする(多い)。
連続性が断ち切られる。
内容も、見ている人の気持ちも。

テレビ局が、見ている人よりスポンサーの方を向いているのを、感じるのだろう。

テレビCMを嫌う気持ちはわかる。


でも、ボクは嫌いとまではいかない。
CMを短い映像作品と見れなくもない。
ただ、好き嫌いはある。


最近のお気に入りは、「ビタミン炭酸飲料MATCH 」のCM(大塚食品だったかな?)。

校舎の屋上で男子高校生が二人。

ひとりは天竜源一郎(声ガサガサで知られる元プロレスラー)が制服を着ている。

魔法にかけられて、オジサンになってしまった男子高校生が天竜だ。
(このCMの天竜は良い。彼でもっている。)

そこへ女子高校生が現れ、
「キスしたら戻るかも」と天竜(高校生役)の頬にキス。

しかし、オジサン高校生はもとにはもどらない。

ふりかえると、女子高校生の顔が天竜になっていた。

「青春はもどらないらしい」でオチ。


笑顔ひとつなく終わるとこがおかしい。
ほかにも好きなのがあるが省略。

baobabu32.jpg
<バオバブの木だ。
今回の記事の内容とは、まったく関係ない。
不思議な形なので画いてみたくなった。
木を画く練習にもなるし。

バオバブといえば、アフリカ、枝葉がてっぺんに水平に茂った大木をテレビで見たりする。
動物に葉を食べられないように(たしか?)、てっぺんに枝葉を集め、その下の幹には枝葉がない。

イラストはマダガスカルの石灰石上のバオバブ。
石灰石上のは背の低い釣鐘型になるという。>



かたや苦手なCM、そのひとつAmazonのCM。

若い夫婦と赤ちゃんがテレビを見ている。

ライオンの画像に反応する赤ちゃん。

飼い犬のラブラドールレトリバーが近づいてくるが、泣きだす赤ちゃん。

しかたなく、その親子を離れたところから、さみしく見つめるラブラドール。

そんなラブラドールを見たおとうさんが閃く。
スマートフォンでAmazonにアクセス。

取り寄せたフサフサカツラをラブラドールにかぶせると、ライオンのよう。
その姿でラブラドールが赤ちゃんに近づくと、今度は受け入れてくれた。

「やった!」という主人の顔。
それはAmazon primでした。

という内容。


「なにそれ!しょうもな!」
「甘っ!薄っぺらなほほえましい系、きもちわる!」
とボクは思った。(関西弁になってしまった)

現在流されているミニホース編も、「甘っ!薄っぺらなほほえましい系、きもちわる!」


ボクはネットで買い物をするときは、Amazon が多い。
ショッピングサイトとしてのAmazonは好きだが、
その大Amazon がこのCMを許可したのがボクにはわからない?

他にも気に入らないCMがあるが、省略。


以前は「わざとらしい・・・いかにも・・・大げさ・・・」といった演技や設定を、「臭い」といって毛嫌した。
「あいつの芝居は臭い」と言った具合に。
どうも、そういう意識が薄れてきているようだ。
AmazonのCMもそうだが、 最近、「臭い」のが多い。


苦手ついでに、ボクはディズニーランド(デズニーが正しい発音だったかな?)も苦手だ。
両手の指をイッパイ広げて振りながら、
「ミッキー!ミッキー!」「ドナルドーっ!」と叫んでいる、。
ウへ~勘弁して!やりたくない!

それをしなければ、「変なやつ?」と思われそうな同調圧力を感じる。
メンドクサイところだ。

「一日ぐらいいいでしょ?」と言われても
一瞬でもいやなのに、一日なんて、とんでもない。

天下のディズニーランド側に言わせれば、
「そんなメンドクサイおっさん、来てほしくねぇわ、バーカ!」なのかもしれないが?

脱線した。


テレビCMは「これでもか!」というぐらい、何度も繰り返し見せることで効果が期待できるのだろう。
深層心理までイメージをすり込み、なにかを買わせようという魂胆なのだ。

ということは、見飽きても、さらにウンザリするぐらい見せられることになる。
面白くもないオチを、何度もみせられることになる。

同じCMをどれくらい流すとウンザリ感が出てくるのか、研究して反映してほしいものだ(もう答えはでているのだろう)。
「auの三太郎」のCMが人気のあるのは、新しい設定がつぎつぎと流されているところにも、あると思う。
ウンザリ感が出る前に新しいのが流されるから。


CMの好き嫌いを好きかってに書いてきたが、もうひとつ
東京一極集中は、地方局で流れている地元のテレビCMを見ると、よくわかる。

地元のテレビCMには有名タレントは出てこない。
だからタレントの魅力でひきつけることが出来ない。予算がないのだろう?
石原さとみ、佐々木希、広瀬すず、長澤まさみ、桐谷美玲・・・は出てこない。
吉田羊、井川遥、斎藤由紀・・・も出てこないのだ。

地元のテレビCMは低質(クオリティーが低い)。
スポンサーの企業規模が小さいので予算が少ない(質は予算とは関係ないとも思うが?)
CM予算が多い大企業は地方には少ない。
テレビ局は低質でもCM契約がとれるだけマシ、という環境なのだろう?

地元のテレビCMはずいぶん前に作られたのが延々と流されている。
新作を作る予算がないのだろう?。

見ている人のウンザリ感は、意識すらされていないようにみえる。








  1. 2017/05/16(火) 07:36:25|
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野村合戦三(信長夜話・その90)

中華食材のテレビCMで、ぐっさんと回鍋肉?を取りあっているのは高畑充希だと思っていた。
「このCMのころと比べると、最近の高畑充希は大人びてきたものだなぁ・・・」とボクは思っていた。

ところが、そのテレビCMに出ているのは別人で、杉咲花というタレント(女優?)だという・・・
えっ!そうなの、えっ!似てるなあ!
共通遺伝子が多いのだろうか?



ということで、
前回の「野村合戦二」の続き、以下。

有名な「姉川の戦」は徳川氏の呼び名だ。
織田氏では地名の野村から「野村合戦」。
浅井氏では「辰鼻表合戦・たつがはなおもて」もしくは「野村合戦」。
朝倉氏では地名から「三田村合戦」と呼んだという。


元亀元年(1570)六月二十八日早朝

浅井勢六千は野村(地名)で織田勢一万五千と、
朝倉勢八千は三田村(地名)で徳川勢五千と、姉川を挟んで対峙した(兵数には異説あり)。

巳の刻(午前10時ごろ)、
野村(地名)では、浅井勢が姉川を渡河して織田勢を攻めた。
浅井勢は兵力でまさる織田勢を圧倒するも、しだいに織田勢に押しかえされる。
たまらず、浅井勢は北国脇往還を北へ退却した。

織田勢は小谷の近くまで追撃したという。
浅井勢の多くの死傷者は、このときに出たのだろう。

zanteki12.jpg
<傷ついたりして逃げおくれた兵は、よってたかってなぶり殺しにあっただろう。
野生の動物のように、
中には、命乞いをしたものもいただろう。

まだ息のある敵兵はとどめをさされた。
この戦に限らないが、戦ではねられた首のほとんどは足軽や雑兵だったといわれている。

こういった戦の後の処理は、このあたりまでではなかったか?
勝者は敗者の領地、領民を吸収して勢力を増していく。
大陸のような皆殺しの思想はなかっただろう。>




信長は再び横山城を包囲、これを無血開城させた。
定番として木下秀吉を置く。

さらに南の磯野員昌(かずまさ)が守る佐和山城(現滋賀県彦根市)を丹羽長秀に包囲させ、
翌年二月二十四日に開城させた。磯野員昌は退去。
員昌はのちに信長に仕える。

信長は戦に勝っても、勢いにのって小谷を攻めることはしなかった。冷静だ。
戦う可能性のある勢力は、他にもある。自軍の消耗を避けたのだろう。


「・・・首数の事、さらに校量(きょうりょう・比べ量ること)を知らず候の間、注するに及ばず候。
野も田畠も死骸ばかりに候。誠に天下のために大慶これに過ぎず候。」
六月二十八日付け、細川藤孝宛、信長書状(『津田文書』)

細川藤孝(ふじたか)は当時、将軍、足利義昭の側近だった。
藤孝は、この書状を義昭に見せるだろうと、信長は思っただろう。
信長の書状、それは将軍義昭への威圧でもあったのでは?

『津田文書』の他にも信長書状が残っている。
信長は「野村合戦(姉川の戦い)」の勝利を喧伝したのだ。


一方、「徳川対朝倉」を簡単に・・・

野村(地名)の西、三田村(地名)で、兵力の劣る徳川勢が朝倉勢とぶつかった。

徳川勢が攻める。
朝倉勢はジリジリと後退した。
朝倉勢の士気は低かったのだろう。

朝倉をのぞく三軍は当主みずからが出陣しているが、朝倉義景は出陣していない。
かわりに朝倉景健(従兄弟?)に総大将を任せた。

当主のやる気のなさは
上級指揮官→下級指揮官→兵へと、末端まで伝わるものだ。
事におよんでの朝倉義景の処し方をみると、戦国大名として、織田信長の敵ではなかっただろう。

そして、「野村(地名)で浅井勢が崩れた」という報が朝倉勢に伝わると。
朝倉勢は退却にうつった。良いところなしだ。

浅井、朝倉勢は退却の際、多くの戦死者を出した。
しかし、「姉川の戦い」から3か月後、浅井朝倉連合軍は志賀に出陣、信長と対峙している。
損害は限定的だったのだ。

「出る杭は打たれる」
この後、反信長勢力の抵抗が強くなっていく・・・


<番外>
姉川の戦いには、こんな説もある。

1、横山城を包囲していた織田信長は、浅井長政は戦いを挑んでこないだろうと思い、
姉川を背にして包囲を続けた。
それを、夜陰にまぎれたのだろうか?忍び寄った浅井勢が織田勢を背後から襲った。
野村合戦(姉川の戦いでの織田対浅井)は浅井勢の奇襲だった。
(ボクは信じていない)

2、初戦で織田勢を崩したのは礒野 員昌ではなく遠藤 直経(えんどう なおつね)だった。

3、徳川と朝倉勢はにらみ合っただけで、戦わなかった。
(本当かもしれない)



礒野 員昌(いその かずまさ)のこと
大永3年(1523年)~天正18年9月10日(1590年10月8日)

今回の野村合戦(姉川の戦い、織田対浅井)で先陣をつとめ、
優勢な織田勢相手に奮戦したといわれている礒野 員昌。

「礒野」はこの字だったようだ。

礒野氏は、代々京極氏の家臣であった浅井亮政の台頭に屈する形で浅井氏の配下に加わる。
父・員宗の死後、叔父の員清が家督を継ぎ、その跡を員昌が継いだ。

員昌は佐和山城(現滋賀県彦根市)を本拠とし、対六角氏戦で度々武功を重ねた。
(佐和山城は「関ケ原の戦」の時は石田三成の居城)

元亀元年(1570年)6月28日の姉川の戦いで、員昌は先陣をつとめ、織田勢相手に奮戦する。
しかし、多勢の織田勢に押しかえされ浅井側は総崩れとなり敗退した。(浅井勢の敗因には他説あり)
員昌の猛攻は、「員昌の姉川十一段崩し」という逸話として残る(『浅井三代記』)。
(「員昌の姉川十一段崩し」は史実としての評価は低い)

野村合戦の後、礒野 員昌の佐和山城は敵中に孤立。
翌元亀2年(1571年)2月24日、佐和山城を攻撃され信長に降伏した(『信長公記』 )。

降伏後、員昌は佐和山城と引き換えに、近江国高島郡を与えられた。
この頃、織田家の宿将は、琵琶湖周辺に配置されていた。
この高島郡の拝領は、「横山の木下藤吉郎、佐和山の丹羽長秀、安土の中川重政、長光寺の柴田勝家、
永原の佐久間信盛、宇佐山の明智光秀」と同等という破格の待遇であった。
織田側も員昌を認めていたのだろう。

それにしても、ついこの前まで敵将だったのに・・・
員昌は、なにかスゴイおみやげをもっていったのだろうか?
但し、信長の甥の津田信澄を嗣養子とさせられている。
すなわち、次の代は津田信澄(織田一族)が嗣ぐことになる。

その後、員昌は天正元年(1573年)9月の杉谷善住坊(織田信長を狙撃した男)の捕縛。
天正3年(1575年)8月の越前一向一揆の鎮圧に従軍。

しかし、天正4年(1576年)正月には、津田信澄が高島より上洛しており(『兼見卿記』)、
また、同年12月に朽木商人宛に、天正5年(1577年)閏7月には横江祟善寺宛に、津田信澄が安堵状を発行している。
この頃には員昌の権益は縮小、または家督の譲渡が行われていたと考えられる。

天正6年(1578年)2月3日、員昌は信長の意思に背いて叱責され出奔、
領地の高島郡は津田信澄に与えられた。
信長の叱責の内容は不明。一説には家督を譲るよう、信澄や信長が迫ったのを拒んだためという。

出奔後の員昌の行方はわかっていない、
「本能寺の変」において信澄や信長が亡くなると、高島郡に戻って帰農し(帰農ですよ!)天正18年(1590年)に死去した。
68歳だった。

礒野 員昌は畑の空を見上げながら、なにを思ったのだろうか・・・(よくある表現だな)
ボクは映画「ゴッドファーザー」で、年老いたビトー・コルレオーネ(マーロンブランドが演じた)が、
トマト畑で亡くなるシーンを思いだす。


子の礒野行信以下の一族は石田三成、後に藤堂高虎(伊勢、津藩藩祖)に仕えた。
藤堂高虎はこの「野村合戦」に浅井勢の足軽として参加、手柄をたて浅井長政から感状をあたえられている。
その後、高虎は天正年間に、員昌に仕えていたことがある。

藤堂高虎はつぎつぎと主君を変え、慶長5年(1600年)の「関ケ原の戦」当時には大名になっていた。
足軽として参加した「野村合戦」から30年後だ。
豊臣秀吉までとはいかないが、大化けした。
高虎は、自分を正当に評価しない主君を見限って変えた、という逸話がある。
脱線した。

礒野 員昌の孫の行尚は、大坂の陣で藤堂軍に属して八尾・若江の戦いで増田盛次を討ち取る手柄を上げている。
娘は小堀正次に嫁ぎ、茶人・小堀政一を生んでいる。




谷口克広著「信長合戦全録」中公新書¥840+税 を参考にしました。







  1. 2017/04/25(火) 12:40:43|
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