ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

牛と眼があった!

ずいぶんと前のことですが、
三重県の鈴鹿(あの鈴鹿サーキットがある)に牧場を隣接させた「すき焼」の店がある
と教えられました。
「とてもウマイ!」とのことでした。

結局この店には行っていないのですが、その時、想ったのが・・・
以下、ボクの想像です。

おそらく、すき焼を食べるところから、牛が見えるしかけになっているのだろう?
いや、すぐとなりが牛舎かもしれない?

sukiyaki12.jpg

「おいしいね!肉を入れる?白滝も食べごろよ!ウフ!とってあげる!
フハフハ・・・、あつ!うまっ!」などと楽しくやっていると、窓から牛が・・・。

和牛であります(黒毛和牛ですよ。頭が高い?)。
驚いていたら、眼があってしまった。



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  1. 2010/02/09(火) 07:32:01|
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三途の川渡舟組合切符売り場

「三途の川渡舟組合切符売り場」です。

人は死ぬと上の方にある光の中に入って行く。
その時、なにか大きなものに包まれたような、えもいわれぬ良い気持ちになるそうです。

そして、あたりを見渡すと一面の花畑。それは圧倒されるようなキレイな景色。
とぼとぼと歩いて行くと荒涼とした景色の中、川が見え、その手前に小屋が見える。

sanzunowatasi111.jpg

意識するともなく、六文(昔から六文と決まっている)を差し出して切符を受け取る。
切符を船頭にわたすように言われる。

向こう岸は現世ではない。彼岸である。


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  1. 2010/02/02(火) 08:25:59|
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夢、その1

「こんな絵をどこかで見たことがあるな」と思うでしょ?

ルーブルにあるフォンテーヌブロー派
「ガブリエル・デストーレとその姉妹、ビヤール公爵夫人とみられる肖像」を下敷きにして
「ボクなら・・・」と描きました。

yume01121.jpg

ルーブルの「ガブリエル・・・」の絵は、姉妹が裸で二人並んでこちらを向いています。
左の夫人(ビヤール公爵夫人)が右のガブリエル・デストーレの乳首を
親指と人差し指でつまんでいます。

ボクは初めてこの絵「ガブリエル・・・」を見たとき、たしか、高校生だった。
「ななな、なんということをするの!こんな絵を描いていいの?西洋人はエゲツなあ!」
と思いました。
無表情の二人の顔が逆に劣情を刺激しました(しらんがな!)。



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  1. 2010/01/26(火) 07:57:36|
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宮古湾のフランス人士官

明治2年3月25日夜明け前(1869年5月6日)
宮古湾に停泊中の新政府軍の「甲鉄」に接近する函館政府軍(以下、旧幕府軍)の「回天」です。
左が「甲鉄」。

miyakowan21.jpg

それまで、新政府軍は優勢な旧幕府軍の海軍に牽制されていたのが、
この「甲鉄」を手に入れたことで形勢逆転。
旧幕府軍の戦略的ピンチです!
(「甲鉄」は新政府軍が手に入れる前、旧幕府軍が購入を検討していた。)

旧幕府軍は「甲鉄」を奪い取る作戦を計画します。
函館にいた旧フランス人士官からの作戦提案があったのだと思います?(不確か)。

アボルダージュという接舷攻撃です。
接舷攻撃とは「敵艦に船を横着け、兵士が敵艦に乗り込み、これを乗っ取る」というもの。
海賊映画に出てくるあれのようなものですね。

奇襲が成功すれば、短時間に損害も少なく乗っ取ることが出来るかもしれない?




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  1. 2010/01/19(火) 09:33:44|
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運勢はその昔・・・

「先日、お願い申し上げておりました、姫様のものをお持ちいたしました。」
「拝見いたす。うっ!大盛りでござるな!こんなにお持ちいただかなくなくとも・・・」
「一切れでよかったのに・・・」

「姫様のもの・・・」と言いながら、自分の(イラストの娘)ものを持ってきたかもしれない。
自分の恋や人生の行方を占わせようとしたのかもしれない。

unsei122.jpg

その昔、運勢とはウンコの勢いを見て、その人の将来を占ったことから出来た。
織田信長のころ、京にそれを見る名人がいた。

評判を聞きつけて、おのれのウンコの一切れを持参する男女が耐えなかった。
現代の医療でも、ウンコで健康状態をみる。
昔はウンコの形や勢いなどで当人の幸不幸、生命力も見分ける術があったという。

この話は講談社文庫「ぐうたら人間学」遠藤周作著(狐狸庵先生です)に載っているらしい。

それを見た真面目な一読者から「ぜひ、その話の出典を教えて欲しい。」という手紙をいただき、
恐縮してお詫びをさしあげたことがある(作り話だった)。
という後日談が付いている。




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  1. 2010/01/12(火) 07:35:19|
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「道の糞」と称して生きる!

有岡城で織田信長の使者と話す荒木村重です。

天正6年(1578年)10月、「荒木村重に謀反の企てあり。」のウワサが信長の耳に入る。
信長は想定外だったようで、
「不足があるなら申せ。こちらも考えないことはない。」と思ったらしい。

村重の思いをきくため、松井友閑、明智光秀、万見重元(まんみしげもと)
を使者として有岡城(伊丹城)へ派遣。吏僚、武将、近習の大物3人です。

arakimurashige31.jpg

信長がこの顔ぶれを使わしたことは、それだけで、
「こんなに重用しているのに・・・」と村重に示すためだと思われます。

村重は使者に対し、「謀反は事実無根」と言い、
使者は「母親を人質として差し出すこと、安土に出向いて直接、信長に陳述すること」
を告げて帰ります。

ところが村重は人質も出仕も無視。
謀反の思いは固まっていたのでしょう?



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  1. 2010/01/05(火) 08:50:28|
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クッキリと太い財運線!

国道155号線をクルマで走っていた。
午後の1時40分。まだ、昼飯を食っていない。
「中華そば」の看板を見つけて食べることにした。

どこにでもあるような店、「中華そば」を注文する。
客が多い。昼食時間は終わっているにもかかわらず。

待つこと数分、出てきた「中華そば」、
マズくはないが、すごくウマイというほどでもない。
この程度の味なら、どこにでもあるといった程度だ。

rikisi11.jpg

食い終わって、楊枝をくわえながら、
ボンヤリと「どうしてこの店はハヤっているのかな?」、

うどん屋の「中華そば」を出す店は最近は少ないから、
「中華そば」ファンが来るのだろうか?などと考えていると、

はし立ての裏から、なにか出てきた!小さな相撲とりだ!




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  1. 2009/12/29(火) 10:21:29|
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