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ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

奥方が二人

こんな話をきいた。


美濃高富藩に粕谷喜兵衛(かすやきへえ)という武士がいました。

ある日、喜兵衛が部屋に入ると息をのみました。
そこには、奥方の「松」が二人、向かい合って座っていたのです。

喜兵衛は声も出ません。
しばらくして落ち着きをとりもどすと「きっと、どちらかが化け物にちがいない」と思い、
一計を案じ、交互に問いかけをしてみました。
それは奥方の「松」と自分にしか知らないことばかりです。

okugata17.jpg
<横顔を画いてみた。左右の向きによって画き手のクセが出る。
この場合、なるべくクセが出ない方が良い。
でも、やっぱりクセが出た。>



しかし、二人ともよどみなく答えます。
二人を見比べてみても、姿形、しぐさ、クセ、に違いは見つかりません。

さらにさらに見比べていると、一瞬ですが一人の横顔が歪んだように見えました。
喜兵衛はこいつが妖しいとみて、その奥方を追い出してしまいました。


喜兵衛は残った奥方との間に正一郎と正二郎をもうけます。


ある日のことです、奥方が縁側で針仕事をしていると、その横顔がいつもより長いように思いました。

喜兵衛は問いただしました。

「・・・正体を見破られてしまいましたね、
私は焙烙山(ほうろくやま)に住んでいたキツネです・・・
なにとぞ、なにとぞ、お許しを・・・」

「お前の正体がわかったからには、ここに置いておくことはまかりならぬ。」
「きいておきたいことがある。正一郎と正二郎は・・・」
奥方(キツネ)はさえぎるように「二人とも人の子として生みました・・・」

喜兵衛はそれを信じました。
今まで奥方(キツネ)がよく仕えてくれたからです。

その日のうちに奥方(キツネ)は家を出ていきました。
二度と姿を見せることはありませんでした。


粕谷喜兵衛は五十四でこの世を去り、
家督は正一郎が継いでいました。

喜兵衛の四十九日の法要も無事に終わったある日、井戸のそばで、
下人の茂助と下女の「さだ」がヒソヒソ話をしていました。

「先代の法要からこっち、正一郎様のようすが変だと思わねえか?顔が長く尖ってきたように思う。」
「そういわれてみると・・・前はもうすこし丸かったよね・・・」





  1. 2019/08/13(火) 07:37:49|
  2. 怪物と怪し
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疲れた

7月5日(金)15時45分、
名神高速道路を東へひとり走っている。曇空、雨は降っていない。
愛媛県新居浜への出張からの帰り、養老サービスエリアを通過。

幸いにも雨にたたられることはなかったが、ひどく疲れた。
体の疲労ではなく、目と精神的な疲労だ。
ここ2日、まともに寝ていない。食欲がない。


・・・その日(7月5日)8時に愛媛県新居浜を出発して
かれこれ7時間半、休憩をとりながら高速道路をひた走ってきた。

今回の出張のスケジュールは今のボクにはキツかった。反省だ。

高速道路での長距離は25年(以上)ぶり。
現在のボクのクルマは高速向きではない。
そしてボク自身が老化したことが大きい、自分の老いを見誤った。

愛知県春日井~愛媛県新居浜は約480km、
時速80kmで巡航(疲労緩和のため)したとして休憩ナシなら約6時間、
たびたび休憩をとることにして約8時間、
キツイがなんとかいけるだろう?と読んだのだが >>>>


tsukareta112.jpg
<自分で画いておいてなんだが、もうすこしマシだと思うのだが・・・?
でも、こんなものかな? まあいいか・・・>



前日の7月4日(木)午前3時30分起床、ここ数日、強い雨が降り続いている。
豪雨情報をチェックする。
南九州から四国にかけて豪雨の雨雲が連なっている。
テレビは「命を守る行動をとってください」とアナウンサーが連呼している。

これから西へ行く不安、最悪を想像する。


約束だ。愛媛県新居浜への出張を決行することにした。
「ときは今あめが下しる」なかを出発。

名神高速の関ケ原を過ぎると雨は小降りになり、大津では雨はやんでいた。
ありがたい。神は見捨てていないようだ。

名神高速道路→新名神(高槻~神戸西)→山陽自動車道→瀬戸大橋→松山自動車道→新居浜
走りに走って13時30分新居浜着、玉子サンドとコーヒーの昼食。
14時30分~16時、仕事をこなし、
そそくさと挨拶をして16時30分ホテル着、疲れた。

早めの夕食をとり20時30分、早めに就寝。
疲れを取るには眠らなければ・・・
あしたも今日と同じ道を帰るから。

ところが寝られない、芯のニブイ緊張が抜けない。
夜中に風呂に入ったりストレッチをするも寝られない。
最近のボクは睡眠過多ぐらい寝るのだが、寝られない。

そのまま7月5日(金)朝8時、新居浜を出発。
来た道を東へ走る・・・



>>>> 7月5日(金)16時、
大垣インターを通過、春日井インターまでもうすこしだ。

時速80kmでヨタヨタ走るボクをベンツが、BMWが、ポルシェ、
マセラーティ、レクサス・・・が抜いていく。
高級車ばかりではない、大型トラックやその他のクルマも抜いていく。
ボクが追い抜くことはほとんどない。


つけっぱなしのラジオから女性シンガー(名前は忘れた)の話声がしている。
「・・・ジャニスジョプリンから影響を受けましたねぇ・・・
こういう風に歌っても良いんだとね・・・

私が影響を受けたもうひとり、それはキャロルキング。
”You've Got a Friend”も良いけど、キャロルキングといえばコレ”It's too late”・・・」
そのとおり、ボクもそう思う。

”It's too late”が流れる。若いころがよみがえる。
若くして逝った友人が勧めてくれたLP『つづれ織り』をボクはもっている。
”It's too late”はその中にある。

ひさびさに聴く”It's too late”が沁みた。疲れた目の奥に沁みた。
もう若くはない芯に沁みた。

もうすぐ春日井インターだ、帰ってきた。


  1. 2019/07/23(火) 06:42:20|
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信長の具足 (信長夜話・その100)

信長の具足

信長といえば「南蛮具足+マント」といった姿が描かれる→ 調べてみた→ 違うらしい。

南蛮具足が日本にもたらされたことが確認できるのは、天正十六年(1588)だという。
「本能寺の変」が天正十年(1582)、すでに信長は亡くなっている。
南蛮具足の着用は無理だ。

ボクも長いこと「信長=南蛮具足+マント」と思ってきた。
このブログにもそんな信長を画いた。迂闊の迂闊だった。

「信長ほどになれば、いくつもの甲冑を所有していただろう、そのなかに南蛮具足があったのでは?」
「いや、宣教師などから西洋甲冑をプレゼントされたかも?」などと抵抗してみても、
それは想像にすぎない。


信長には進歩的イメージ(イメージだ)が強い。
それが信長人気の一因だろう。

鉄砲の装備が進んだ時代、対鉄砲用に南蛮具足と連想させるが、
やはり、テレビや漫画や映画の影響が「信長=南蛮具足+マント」を定着させたのだ。
悪気はないだろうが刷り込みである。

映像に現れたのは1980年の映画「影武者」あたりからではないだろうか。
黒澤明監督、隆大介が信長を演じた(ボクは黒澤映画のファンだ)。
巨匠を信じてしまう、この世の習いである。

よく描かれる信長の尖った兜の南蛮具足姿は徳川家康所用の具足だ。
天正十六年(1588)以降に家康が作らせたものだろう。

もし家康が生きていたら「おいおい、それはワシのだわ!」と言っただろう。

現在「信長=南蛮具足+マント」は否定的なのが有力なのだ。

gusoku214.jpg
<「紺絲威胴丸具足」と「焼け兜」を画いてみた。>


信長の具足の可能性があるのは、
京都の「建勲神社・たけいさおじんじゃ」所蔵の「紺絲威胴丸具足・こんいとおどしどうまるぐそく」がある。
明治二年(1869)に明治天皇の御下命によって創建された神社だ。

明治政府にとっての悪者「足利幕府」を事実上終わらせた信長を祀ったのだろう(ボクの想像)。
ボクはこの具足は「桶狭間の戦い」前後までの信長が着用したのでは?と思っていた。
当世具足以前の様式だから。

この様式は作るのには手間がかかる、生産性が悪い。値も張っただろう。
しかし、この様式を好んだ戦国武将も多い。芸術性を感じさせる。
鉄砲が普及するにつれ信長も、当然、当世具足を着用しただろう(ボクの想像)が、証拠はない。


もうひとつ、愛知県清洲市の「總見院」所蔵の「焼け兜」がある。
「本能寺の変」での信長の遺品だといわれる。
直後に次男の織田信雄(のぶかつ)が焼け跡を捜索させて発見した、といわれている。

前立てを着ける金具が正面にあり、側面には角のような脇立(わきだて)を着ける金具がのびている。
もし、これが本物だとしたら信長の具足姿はかなり違うものになる。



*当世具足
「当世」とは「現代」の意味。
戦国時代に新兵器の鉄砲や槍(やり)から身をまもるために機能性・生産性を重視し
従来の具足から改良された。
着脱に便利なように胴を前後2枚の板で防護した二枚胴形式、
軽量で活動しやすく、それまで主流であった胴丸・腹巻に取って変わった。

*南蛮具足
戦国時代後半、西洋の甲冑がもたらされた。確認できるのは、天正十六年(1588)。
その影響をうけ和洋折衷の甲冑が制作されるようになり、これを「南蛮具足」と称した。
小札(こざね)を基調とする日本の中世甲冑と異なり、
鉄板を打ち出し、胴は前後の2枚に分かれ、前正面に鎬(しのぎ)を立て、
兜(かぶと)も鉄板製で、上部がとがり、前後に鎬がつき下部に眉庇(まびさし)が設けられる。



  1. 2019/07/02(火) 07:00:13|
  2. 信長夜話
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最近読んだ本 2019年6月

ボクは寝転がって本を読む。
数冊の本を平行して読む。

最近、読んだ本


酒井順子著『箸の上げ下ろし』新潮文庫¥400+税

ボクの好きなエッセイスト酒井順子先生(先生とお呼びしている)の本。
平行して読む数冊のなかにはいつも先生の本がある。

自分ではあまり料理をしない先生の食事に関する本。

「あるなぁ、そいうこと」「そういう解釈は新鮮」
そして先生の本はホンワカしている。
先生の本はボクの読書のなかでは菓子のようなものだ。

これまでに読んだ先生の本は30冊は下らない。
まだ読んでいない先生の本が手元に7冊ある。安心する。


ブルース・ロバートソン著『ドローイング・ワークブックス3』¥1200+税

イラストの勉強のためにネットで買った。
ボクの目指す内容ではなかった。残念!
こんなこともある。


kouen1.jpg
<公園の景色。木々と空(雲)を画く練習。>



長谷川町子著『いじわるばあさん①』朝日新聞社¥485+税

『サザエさん』の著者のもうひとつの傑作『いじわるばあさん』。
懐かしくて買った。4コマ漫画。

テレビの『サザエさん』は当たり障りのない内容(棘がない微笑ましい系)だが、
原作『いじわるばあさん』はブラックもあり。それが気持ちいい。
原作『サザエさん』もときどき棘がある。

クレームを恐れるスポンサー、無難へ無難へと流れるテレビ。


鴻上尚史(こうかみしょうじ)著『孤独と不安のレッスン』大和書房¥648+税

日本人(外国は知らない)が恐れていることのひとつ、「孤独」。

孤独の効用を説く本がある。
でも「君は孤独だね」と言われて「そうだね」と受容できる人は少ない。
「友達が多いのは良いこと」という刷り込みがあるからだろう。

簡単に繋がることができる時代だから孤独感は強くなる。
同調圧力が強い日本人は孤独に弱い。
シカトがいじめの手段になることからしてそうだ。

孤独にタフになることが必要だと思う。
孤独を飼いならすことが必要だと思う。
孤独を楽しむ術(すべ)が必要だと思う。

誰でも孤独を感じるときがあるだろう。
でも「孤独はみじめ」にとらわれたときの対処法を説く本は少ない。
この本にはヒントがあるように思う。

最終章で「あなたには、愛唱する詩や言葉がありますか?」と著者は問い、
「つらくてたまらない時は、それを口に出すことで救われる」と書く。
そして、著者の愛唱するいくつかの作品をあげている。

『ふとめざめたらなみだこぼれてゐた』
そのなかのひとつ、グサリときた・・・山頭火だ。


一校舎国語研究会編『世界・名著のあらすじ』永岡書店¥486+税

タイトル通り「名著のあらすじ」だ。
ボクは小説を読まない(ノンフィクション派)が、有名な作品が「どんな話なんだろう?」
という興味はある。教養として知っておいても良いとも思う。

『女の一生』 『桜の園』 『失われた時を求めて』 『ユリシーズ』 『ロリータ』 『夜間飛行』 『狭き門』 など38作品が取り上げられている。
「そういう内容だったんだね」と思うが、当然、感動はない。


丸山宗利著『昆虫はすごい』光文社新書¥780+税

その多様性と繁栄から地球は昆虫の惑星だといわれる。

7刷発行も納得、面白い。
「私たちのやっていることのほとんどは、昆虫に先にやられてしまっている」と・・・

なかでも寄生の話がとくに面白い。
面白かったので、別の著者の『働かないアリに意義がある』メディアファクトリー新書¥740+税、
を買ってしまった。


たくきよしみつ著『医者には絶対書けない幸せな死に方』講談社+α新書¥840

終末期、救急車を呼んでからの入院→
自分の意志を伝えることが出来なくなると、病院で安らかな死を迎えることはムズカシイ。

そこには「死なせない延命措置」が待っている。
無理が生じる(拷問のようだ)。
気力、体力が衰えた人生の終わりに拷問が待っているとは・・・
尊敬される人、美人、知識人、金持ち、スポーツマン・・・容赦はない。

長寿礼賛(珍しいから)、死なせない医療、見えない(見たくない)死・・・、
死は自然なことなのに自然には死ねない矛盾。
死を他人事にしてきたツケがあるのではないだろうか?

医者自身は「癌で死にたい」と思っている、という。
死の直前まで意識があるからだ、という。
意志を伝えることが出来なくなってからの延命処置がどんなものかを知っているからだろう。

最近ようやく、この問題を提起する本が出てきた。それでも少数派だ。
日々、テレビは同じことを何度も報道するのを減らして、この問題を取り上げるべきだとボクは思う。


谷口克広著『信長と将軍義昭』中公新書¥820+税

読み応えがあった。
著者の本は何冊も読んでいる。ボクが支持する織田信長の研究者。

永禄十一年(1568)信長は義昭を供奉して上洛、義昭は最後の室町将軍になった。
まもなく二人に確執が生じる。
「義昭は信長だけをパートナーとすることに危機感をもったのではないだろうか?」
(原文どおりではない)
という筆者の推測が腑に落ちた。


  1. 2019/06/11(火) 06:33:29|
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書き順

「パソコンを使うようになってから漢字が書けなくなった」
よく聞くはなし、ボクもそうだ。
「文字変換まかせ」では書けなくなるのも当たり前だ。
人は怠けるのが好き。

パソコンを使い始めて16年。
16年間でこれだけ退化(漢字が書けなくなった)したということは、
逆に生物の進化も、想像しているより短期間なのではないか?と思ったりする。

文字変換は便利、でも失うものもある。
良いことと悪いことは表裏。


最近、気になることがある。
漢字の書き順(筆順)だ。

ボクは習字教室に通ったことがない。
小学校の授業に習字の時間があったのを覚えている程度。
優秀として張り出されたことは一度もなかった。

成長して、若いころのボクは根拠のない自信があった。
「オレがひとたび立てば、風を呼び、雲を呼び・・・」
と言えばチョット大げさだが、
「漢字など読めればいい。書き順など、そんなもの・・・」と、
不遜、生意気な若さだった。

それでも、「正しい書き順(筆順)で書くとカッコイイ字になるな」という認識はあった。


時は過ぎ、
「まてよ、今まで漢字など読めれば良い、と適当に書いてきたが、
正しい書き順はどうだったかな?」と思うようになった。
すると「ここは跳ねるのかなぁ?」と細部も気になってくる。

そこで、「正しい書き順」と「いつも書いているボクの漢字」を比べてみた。
書き順の番号を入れた(〇のなか)。

まずは簡単な「由」(ところで、パソコンの字体は味気ないなぁ、まったく)。
左の濃い字の書き順が正しい。

kanji0111.jpg

右のエンピツで書いたのがボクの「由」。
□の真ん中に横棒をひいておいてから、一刀両断、上から縦棒を引き下ろす。
これでも、ブログ用に丁寧に書いたつもり。


kanji0113.jpg

たびたび、こんな「由」を書いたりもする。
五画の「由」が三画に!
気持ちいい!(不遜)


kanji0112.jpg

kanji0231.jpg

次は画数の多い「飛」。
同じく、左の濃い字の書き順が正しい。右のエンピツで書いたのがボクの「飛」。
上下に二つある右にチョンチョンのあるヤツを先に片づけておいてから、
左のニンベンみたいなヤツを書き、
最後に一刀両断、上から縦棒を引き下ろす。(引き下ろすの好きやねぇ!)
どうだ!(不遜)

「なんたる書き順、この愚か者!」
「一事が万事、お前は不遜なのだ!」
そんなお叱りが聞こえるような気がする。

こうして自分の漢字をみると「字の形」よりも、
どうやったら簡単に書けるかが先だ。
似た部分はまとめて書くという具合に、

不遜だ!歴史と文化をなめている。
僕自身そう思う。





  1. 2019/05/21(火) 07:22:00|
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