ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

蜜柑(ジョーク)

mikan12.jpg


算数の先生「マリちゃん、あなたが蜜柑を8つもっていて、
私が3つちょうだいと言ったら、あなたは蜜柑をいくつ持っていますか?」

マリ「8つ!」

算数の先生「・・・・」





  1. 2010/05/25(火) 07:16:31|
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4号室(ジョーク)

4goushitsu21.jpg

患者「先生、この病院には4号室があるんですねえ?」
院長「・・・・」

患者「一般的には4や42は死につながるから、いやがられるのでは?・・・」
院長「・・・・」

患者「先生は医者だから、そんなジンクスは信じないんですね!」
院長「いえ、最近は病人を4号室や42号室に入れたいという家族も多いものですから・・」

患者「・・・・」

kazoku21.jpg






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  1. 2010/05/18(火) 06:46:50|
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それは桜のころ・・・

それは桜のころの戦でした。

昭和20年4月7日13時45分、九州の坊の岬沖。
アメリカの艦載機(航空母艦を飛び立ったのべ400機)の攻撃にさらされる戦艦「大和」と
護衛する第二水雷戦隊、第十七駆逐隊の駆逐艦「雪風」(手前)です。

yukikaze112.jpg

イラストは左舷に魚雷を数本くらって傾斜し、
副舵が取舵(進行方向左に舵を転ずること)のままになってしまい、
アメリカ艦載機の攻撃が容易になった「大和」。約40分後(14:23)に「大和」は爆沈します。

「なぶり殺し」のような戦でした。

戦艦が飛行機にかなわないことは、もうわかっていました。
それを世界に認めさせたのは、他ならぬ日本海軍です。

この「坊の岬沖海戦」は、勝海舟らが奔走した幕府海軍操練所の延長線上にある
日本海軍水上部隊の最期の組織的な戦?といってもいいでしょう。

そして、アメリカ海軍が戦った、歴史上もっとも手ごわい海軍の最期でもありました。



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  1. 2010/05/11(火) 07:06:32|
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岡田以蔵のこと

幕末、
中浜万次郎(ジョン万次郎)を護衛したときの岡田以蔵です。

[おかだいぞう・「人斬り以蔵」と呼ばれた男。
天保9年1月20日(1838年2月14日)~慶応元年5月11日(1865年6月4日)]

勝海舟が万次郎の護衛に以蔵をつけたそうです。

izou0511.jpg

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このとき、4人の刺客が万次郎を襲う。
以蔵は4人以外に2人隠れていることを見抜き(計6人の刺客だった。)、
万次郎に墓石を背に動かないように言うと(その方が護りやすい)、
2人をまたたくまに斬り捨てた。

驚いた4人は逃げ去った。
刺客が刺客を斬ったわけですね。



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  1. 2010/05/04(火) 07:54:10|
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