ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

誕生(信長夜話・その1)

「総見院泰巌大居士・そうけんいんたいがんだいこじ」の誕生。
あの織田信長の戒名です。

秀吉の「豊国大明神」、家康の「東照大権現」などは、
どえりゃー名前(名古屋弁、とてつもない名前の意)がついていますが、
信長には普通の人のような戒名がついています。

信長の戒名はあまり紹介されていませんので、サービスで紹介しました(サービスなの?)。

泣きわめく赤ん坊、吉法師(後の信長)です。
真打登場!マイナー好きのボクですが、すごく興味のある人です。
のちに自分のことを「第六天魔王」と称した赤ん坊。

saburounotannjyou22.jpg

天文3年(1534年)5月12日、尾張の戦国大名・織田信秀の次男として、
勝幡城(しょばたじょう、異説あり)で誕生したことになっています。幼名は吉法師。

勝幡城は現在の愛知県西部、津島市の北にありました(今は碑があるのみ)。
ボクの住家から一般道をクルマで2時間ほどでしょうか?


信長は史料にめぐまれた人です。

なんといっても信長研究の一級史料、信長の側近だった太田牛一の「信長公記」。
それから、ルイスフロイスの「日本史」。「言継卿記」などなど。
武田信玄、上杉謙信などとは比べ物にならないぐらい良質資料があります。

フロイスは信長が痩せ型だったことや、「はなはだ声は快調」などと書いています。
声のトーンまで想像することが出来るのですよ!

勘の強いあかん坊だった、乳母の乳首を噛み切ったとか、
母親の土田殿から嫌われたという説がありますが、本当かどうかはわかりません。

「信長の無常観や 自分を信じる生き方は、母親から嫌われたことに原因があるかもしれない」
と言いたいところですが、安っぽいドラマの筋のようで面白くありません。


イラストは初め、「泣きわめく赤ん坊を悪魔が見下ろしている。」という設定を考えましたが、
どうもシックリこない。
信長は耶蘇教(キリスト教)の布教を保護しましたが、自身は入信していません。
禅宗に帰依したといわれています。

迷ったあげく、十二神将のひとつ「伐折羅大将・ばさらたいしょう」が見下ろしていることにしました。
「こんなところにいたのか!」と・・・

信長は「バサラ大名」の系譜だと思われます。
バサラとは「常識外れとか華美な」とか言う意味ですが、形式、権威などにとらわれず、
好き勝手に振る舞った大名を「バサラ大名」と呼びました。

有名なバサラ大名、佐々木道誉(ささきどうよ)の流れだと思うのです(血筋ではなく)。
後に佐々木道誉の血筋、六角氏を信長は一蹴します。

話がそれましたね、だから十二神将の「伐折羅・ばさら」がピッタリ!

イラストを見て「信長といえば、鼻が大きくて面長の顔じゃないの?」と思うかもしれませんが、
赤ん坊のころの顔は変わります。ふくよかな顔も10代にはしまった顔つきになるものです。


今回を1話目として、「信長夜話」というタイトルで、信長のエピソードをイラストエッセーにしていこうと思っています。
なるべく時代順に掲載するつもりですが、気まぐれなボクですから、順番が狂うこともあります。ご容赦下さい。

また、連続して掲載するのではなく、ほかのエッセーに挟んでいくつもりです。
お時間がありましたら、見て(読んで)やってください。とりあえずの目標は「桶狭間の戦」。


ボクが思い出すことのできる自分のもっとも古い記憶は、夏の朝、寝床から見た木製の雨戸のフシ穴からさしこむ角度の浅い数本の光の筋でした。
光のなかでホコリが舞っているのをキレイだなあ、と見ていた。母親が横で眠っていたはずです。

赤ん坊の吉法師はなにを見ていたのでしょう?



武田鏡村著「大いなる謎・織田信長」PHP文庫¥743(税別)を参考にしました。






  1. 2010/06/29(火) 07:06:26|
  2. 信長夜話
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「あんた今、どこ?」(ジョーク)

みどりがクルマを走らせていると母親から電話がかかってきた。

みどり 「もしもし、ママ、なに?」

母親 「あんた今、どこ?」

みどり 「△○高速よ!」

母親 「あのね、今ニュースで△○高速を逆走している女がいるって、気をつけてね!」

みどり 「わかった。でも1台じゃないの、何十台も逆走してきてるのよ!
乗っている人が怖い顔で窓越しに怒鳴っていくの?」

kousokudouro31.jpg

母親 「・・・・」



  1. 2010/06/22(火) 06:44:13|
  2. ジョーク
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ハエ(ジョーク)

さえないサラリーマンがちょっと変わったハエを見つけた。
芸をするハエだ!

その上、学習能力もある。
男はそのハエにえさを与えながら、何日もかけて熱心に芸をしこんだ。

縄跳びもそのひとつ!

hae0111.jpg

「このハエを見れば、世界中がビックリするぞ。オレも大金もちになれる!
今までついていなかったが運がまわってきたぞ!」

男は自慢のハエを見せるため、行きつけのバーへ・・・
マスターにハエの芸を見せることにした。

hae0121.jpg

「マスター、これを見てくれ!」

「おっと、コノヤロウ!」」
と言い終わる前に、マスターはハエをたたきつぶした。

hae02111.jpg

「・・・・・・」


  1. 2010/06/15(火) 06:43:36|
  2. ジョーク
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その夜は

その男(歌手)は奥のドアを開け、スポットライトがあたっているイスに無造作に座る。
ギターをチューニングをすると、「時間よりちょっと早いですが、」と言って歌いはじめた。

立ち見もいれれば50人ぐらい入る西洋居酒屋に40人ぐらいの客だった。ちょうど良い。
ドリンク1杯がサービスで付いている。水割りをもらう。

オープニングは「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」。
『ガキのころ、高校生のころ、よく歌っていた。
「わけのわからない歌ばかり歌ってないで、すこしは勉強をしろ!」と母ちゃんによくいわれた。

gitaa11.jpg

ギターをはじめたのは不純な動機だったな。なんとかして女にもてたかった!
どうしたらオレに感心をもってくれるのか?
母ちゃんの注意より、内なる熱きもののほうが勝っていたんだ。』

二曲目は「ラ・ボエーム」。
見たところ60歳ぐらいと思える男(歌手)はしゃがれた声だ。
話すように歌う。
いや、歌いながら話し、話しながら歌う。声量を売り物にしていない。

「ラ・ボエーム」の日本語の詩は、たしか、なかにし礼の作詞だったと思う。
若い食えない画家とその彼女の話だ。

♪ モンマルトルのアパルトマンの窓辺に開く
   リラの花よ 愛の部屋でぼくはいつも
   絵を描いていた いとしい人君をモデルに
   愛しあった 君とぼくの二十歳のころ
   ラ・ボエーム ラ・ボエーム 幸せのうたよ
   ラ・ボエーム ラ・ボエーム 根のない草花・・・ ♪

歌い終えると、話はじめる。



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  1. 2010/06/08(火) 07:05:10|
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左利きはいない

侍のことを調べていたら、こんなのがありました。
「侍には左利きはいない。」という。

侍は大小の刀を左腰帯に差す。
そういえば、時代劇をなにげなく見ていますが、みな右利きです。

侍は職業軍人なので、右利きに統一しておかないと
戦場で混乱を生じたり事故も起きかねない。
だから、子供のときに強制的に右利きにしてしまうらしい。

hidarikiki0131.jpg

hidariasisamurai21.jpg

では、なんらかの事情で右腕が使えない侍はどうするのか?
それでも刀は左に指す。使うことの出来る左手で鯉口をきり、左手で抜刀する!という。
侍はそういうときにそなえて練習するのでしょう。

また、大小二刀を左腰に差すため、左半身にそれなりの負担がかかる。
調べてみると、大刀は2尺4寸~2尺5寸として、刀身だけで950g~1200g、
鞘などの付属?を加えると1000gから1300g。
大小二刀で1.4kg~1.7kgと想像します。

刀は長いから慣性も働く、歩いたり、動いたりするのにチョットしたコツが要りそうですね。
だから、ほとんどの侍は左足が右足より大きかった(知りませんでした)。

hidarikiki02211.jpg

今、大流行?の坂本龍馬は短いブーツを履いている写真が残っていますが、
オーダーの靴だったのでしょうか?
それとも片っ方は足に合ってなかったのでしょうか?すこし気になります。

名和弓雄著「時代劇を斬る」河出書房新社¥2,400(税別)を参考にしました。



  1. 2010/06/01(火) 06:47:29|
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