ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

狂気と正常のあいだ?

「狂気と正常とは、明確にキッカリと分けれるものではない。

ほとんどの人間は正常であり、またひと目で狂気とわかる人もいる。
だが、その境界線あたりに位置する人も当然いる。

正常に見えて狂気を色濃く内臓している人や、その反対に奇態な行動をしながらも、けっして病的といえない人も我々の周りにはいる。」
ボクの好きな阿刀田高氏の出世作「ナポレオン狂」講談社文庫¥514+税 の書き出しはこんな感じではじまります(原文ではない)。

ijyou71.jpg

そう言われてみれば、散歩ですれちがうあの人、会社の総務のあの人、得意先のあの人、きれいなあの人、友人のあいつ、うちのおばあさん、いやボクだって・・・?
狂気とまでは言えないかもしれないが、異常なところがあるように思う。

一概には言えませんが、人の心を掴んでしまう創造的作業をする人は、心のどこかに狂気(異常)をもっているように思います。
その狂気(異常)に人は心を動かされるのでは?
例えば、絵画を買うということは、作家の狂気(異常)に金を払うことかもしれません。

作家が創造的作業をしながら、社会に溶け込もうと思えば、狂気(異常)と正常のふたつを持たなくてはいけない。

そもそも正常の定義そのものが曖昧です。「自分は正常なんだろう?」とボンヤリと思っているだけなのかもしれない?
自分自身のことでも「この部分はすこし異常だなあ?」と思うところがあるのだから・・・



  1. 2010/11/30(火) 06:58:30|
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逃げる男!(信長夜話・その10)

前前回(信長夜話その8)の「萱津の戦い」で信長は勝利しましたが、
清洲との緊張関係は終わっていません。

翌年の天文21年(1552)7月12日、守護代の織田彦五郎とその家宰(家老)の坂井大膳が共謀、守護の斯波義統(しばよしむね)を殺害。
義統の子、岩龍丸(がんりゅうまる・後の義銀 よしかね)はクーデターがあったのを知って那古野城の信長のもとに身をよせます。
信長はこれで大儀名文ができた。清洲に対し攻勢に出る。以後の経過です。


7月18日、信長は柴田勝家に命じて清洲城を攻撃させる。
(あの柴田勝家です。すでに勝家は一軍を率いる将であったことがわかります。
勝家は現名古屋市名東区の生まれだときいたことがあります。その近くにボクは住んでいたことがあります。)

勝家軍は山王口で清洲勢を打ち破る。清洲方は有力者も討ち死にして、城に逃げ込んだ。
信長の考案した長槍が威力を発揮したという。

孤立した坂井大膳(家宰、家老のこと)は信長の叔父、信光(「萱津の戦い」で信長を援護した)に働きかけ、清洲城に入ってもらい彦五郎と並んで守護代についてもらうことにした。
信長と信光を引き離そうと考えたのだ。

しかし信光は、清洲に移る前に城を乗っ取ることを信長と打ち合わせていて、
乗っ取ったら尾張下四郡を二分する約束を信長と交わしていた。
(このあたりの坂井大膳、信長、信光の駆け引きはもっと複雑なものがあったでしょうね?信長の「清洲城取り」だけで本が書けそうです。)

nigerudaizen24.jpg

信光が清洲の南櫓に入った翌日、天文23年(1554)4月20日、
信光に挨拶に向かった坂井大膳は身の危険を感じて城を抜け出し、駿河まで逃げた。

(そうなんです。危ないと思ったらプライドなどかなぐり捨てて逃げなければいけません。躊躇してはいけません。信長自身もほれぼれする逃げっぷりを後に見せます。
「果敢なる攻撃と果敢なる逃げ」は共存しなくてはいけないのです。

坂井大膳のその後は不明です。キザに言えば「歴史の闇に消えていった。」)

信光は守護代の織田彦五郎のところに押しかけ、腹を切らせる。
信光は清洲城を占領しました。
約束どうり、信長に清洲城を明け渡し、かわって信光は那古野城を譲られた。

kagede13.jpg

そして、11月26日、信光は家臣の坂井孫八郎に暗殺される。
結果、尾張下四郡を信長は手中におさめた。

(それは信長にとって、あまりにも都合の良い結末。信長が裏で動いたにちがいありません。
体よく叔父さんを殺したのです(殺させた)。
「信長公記」の作者、大田牛一もそのあたりは分かっていたことでしょう。
「ムフフフフ・・・。悪いなぁ」と信長はつぶやいたかもしれません。)

信長21歳の秋の出来事でした。


現在、清洲城跡は清洲城公園となっています。新幹線の車窓から模擬天主が見えます。
おそらく鉄筋コンクリートの天守でしょう(ボクは中には入っていません)。

信長時代にこんな天主があったとは思えません(調べてはいない)。
新しく城を再現するなら、極力、史料(資料)をあたり、当時の建て方を忠実に再現するべきだとボクは思います。

例えば、角度のきつい狭い木の階段などは当時を想起させてくれます
(守りやすいように角度が急だった。)。
もし天守がなかったのなら、天守をでっちあげて建てなくても良いと思う。

信長が亡くなった後も清洲城は残り、「関が原の戦い」では東軍に組した福島正則の居城として機能しましたが、清洲城と言えば「若き日の信長の城」のイメージが強い。

後に、城下町もろとも名古屋に移されました。これを「清洲越え」と言われています。
城の一部も名古屋城の通称、清洲櫓に使用されたといわれています。
現在の名古屋の元は清洲にあったことになります。

「信長と清洲城」の切り口でうまくプロデュースすれば、良い観光資源になると思うのですが・・・
信長は「桶狭間の戦い」にはここから出撃しました。
小牧山に移るまでこの清洲を拠点としています。




  1. 2010/11/23(火) 07:35:14|
  2. 信長夜話
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占い師と男(ジョーク)

uranai12.jpg

男が、占い師をからかってやろうと思った。

男 「将来のことはいいから、俺がどういう人間なのか当ててみてくれないか?」

占い師 「わかりました、それでは・・・。 まず、あなたは三人の子のお父さんです。」

男 「フフフ・・・、もう間違いやがった!」

男 「俺は四人の子の父親なんだ!」

占い師 「・・・・」

占い師は抑えた声で・・・・
「それは、あなたがそう思ってるだけです。」

男 「・・・・」




  1. 2010/11/16(火) 06:49:17|
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やっと手に入れたぞ!

久しぶりにCDを買った。

心にひっかかっていた。
NHKテレビの記録映画で流れたテーマ曲が。

曲名がわからない。
検索で調べた。「たしか千住明氏の曲だったな。」
千住明氏の曲の検索結果で「これだな、他にはそれらしいのが見当たらない。」
CD「日本、映像の20世紀」を購入した。

「ムフフフ・・・。またあの曲が聴けるぞ!」とCDをプレーヤーにセットしてスタート!
「あれ?ちがう!これじゃない!」

もう一度、検索して調べる。違っていたのだ。やってしまった。
まったく(自分のドジさ加減に腹が立つ!)。
千住明氏の曲と強く思いこんでいた。
そこに「日本、映像の20世紀」というよく似たタイトルを見つけて血迷った。

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めざすは加古隆氏の「映像の世紀」のテーマ「パリは燃えているか?」だった。
くやしいけれど、サウンドトラックのCDを買うことに決めた。
どうしても欲しい1曲だから。

このアルバムの英語のタイトルは「The 20th Century in Moving images」
まちがえまっせ、これは!(なぜか関西弁?)

NHKテレビでこのテーマを聞いたときは
鳥肌が立った。
自分が時代のかなたに連れ去られていくような、
時代の流れに翻弄されるような、
なんとも言いようのない感触でした。

繰り返される主旋律や刻むような弦の音が映像と重なって、
個が抗しきれない時代の流れを感じさせてくれた。

「すごいな!この曲は!、クラシックにこんな曲があったかなあ?」と思った。
クラシックの曲を記録映画のBGMとして使うことはよくあるからだ。

「好きな曲」や「いいなあと思う曲」はありますが、
感動で鳥肌が立つような曲は、そうはありません。
ここ10年ほどではこの1曲しかありません。

ボクが大好きなショパンの「別れの唄」と比べても遜色ないとボクは思う。
いや、それぐらいスゴイと思うのです。絶賛ですね。
「加古隆氏はこんなスゴイ曲をものにして良かったね。」と思う反面、
「こんなスゴイのをものにすると、これからが大変だな。」とも思った(余計なお世話だが)。

「パリは燃えているか?」を聞いて加古氏はクラシック畑の人と思っていましたが、
CDを通して聞くとジャズ色が強いと感じました。

そんなこともあって氏のイラストを画きました。
氏はすこし目線を上にやるこのポーズがお好きなようです。

特徴のある帽子、パーマがかかった髪とメガネ、など印象的な加古隆氏の似顔絵は
簡単に画けるだろうと思いましたが、意外とムズカシイ!

イラストの背景は1904年8月10日、日露戦争の「黄海海戦」の一シーンとしました。
(ロシア艦隊が放った初弾が着弾したところ。)
NHK「映像の世紀」のイメージが鮮烈だったので、その影響を受けた背景になりました。

余談です。
「パリは燃えているか?」というタイトル(良いタイトルですね!)には同名の映画があります(本もあったと思います)
第二次大戦の後半、パリに迫る連合軍。
ヒトラーはパリを占領しているドイツ軍に街に火を放つことを命じたそうです。

実際はそうならなかったわけですが、
ヒトラーは幕僚(だと思う)に「パリは燃えているか?」とたずねます。

「パリは燃えているか?」の1曲は手に入れるためとても高いものになってしまいましたが、
しかたありません。千住明氏のCDも楽しむことにしよ!

「映像の世紀」の音楽を加古隆氏に依頼した人に敬意を表します。




  1. 2010/11/09(火) 06:55:40|
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箱入り娘

「箱入り娘」

最近は聴かなくなりましたね。

ボクは本当の「箱入り娘」を知りません。縁が無い(好みでもない)。

hakoiri21.jpg

金持ちの家の娘、長い塀が続く家の娘。
稽古ごとは一通り、ピアノなどは当然。ショパンを弾くのが好き。
名門女子大出(もしくは女子大生)。

「お父様(おとうさま)、お母様(おかあさま)、おじい様」などと呼ぶ。
「パパ、ママ」は成り上がりの感じがする。
ちなみにボクは「父ちゃん、母ちゃん」だった(お前のことはどうでもいい!)。

お転婆なところもあり、ちょっと小生意気。
親は近い将来、良家の子息に嫁がせようと思っている。
というイメージでしょうか?

長いストレートな黒髪(染めたりしない)にヘアバンド、フレアスカート。
これでなきゃいけません。
上質のカーディガンを肩にかけたりします。

かつての松竹映画なら岩下志麻さん(若き日の)あたりの役どころでしょうか?
例えがどうも古いですが・・・
最近の女優さんでは、多部未華子さんかな?・・・

箱は桐かなんかで出来ていて、箱書きもしてある。帯も上等なやつ、それを解き、
蓋を開けると、ムフフフ・・・ 娘がいる!

じゃあ、「箱入り息子」というのはどうでしょうか?
卑猥な感じですね?箱をあけるとゴロリ(コロリかな?)と入っていそう?

「箱入りじじい」(箱入り様バアでも良いのですが、こういう場合、男がいい、男のほうが・・・)
というと下のようになる。

hakoirijijii411.jpg

「おじいさん!ウウウ・・・」(泣いて声にならない)

箱入り娘の「箱入り」の由来は、
江戸時代に大事なものを箱にいれて保管したことからきているそうです。

今でも高級なものは木箱に入っています(袋入りや裸ではない)。
それで、大事なものや高級なものを「箱入りの○○」というようになった。

とっておきの芸という意味で「オハコ」という使い方をします。
『あの人のオハコはねえ「夜桜お七」だよ・・・』などと使ったりします。

「箱入り娘」とは「大切な娘」「とっておきの娘」という意味で使われました。






  1. 2010/11/02(火) 06:59:54|
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