ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

芥川さんのこと(気やすいなあ?)

今年の芥川賞は43歳のフリーター作家?西村賢太さんと、現役女子大生、朝吹真理子さん(26歳)のダブル受賞だそうですね。おめでとう!

紹介されたプロフィールを見て、どちらに食指が動くかといえば、ボクは西村さんです。
ただ、ボクは小説はほとんど読まない(なあんだ!)。

ボクは突然、本を買いたくなって5~6冊まとめて買ったりします。
文庫本がほとんどですから大したことはないのですが・・・
読む本の98%はノンフィクション系です。

ボクは本を読まない学生でした。
「本を読んだらどうだ!」と友人に注意されたくらいです。

そのボクが旅をするようになり、
旅先で文庫本を買って読むようになってから、本を読むことが習慣(中毒)になりました。

旅先の本屋で買うことが好きです。
本屋へぶらりと入り、「今回はなに読もうかな?」と本棚をながめ、気になる本の書き出しのところを2ページほど見てみる。
「これだな!」と思うのをレジにもっていく。
説明しにくいですが、旅先でのこれがボクには素敵なことに思えるのです。

移動の電車(在来線が多い)のなか、車内観察も失礼かなと思うときは、買った文庫本に目をやり、読むのに飽きると「もうすぐ、餘部(あまるべ)だな・・・」と車窓をながめる。
旅の素敵な時間だと思うのですが?
オマケに「これは、米子のあの本屋で買った・・・」などと思い出を反すうするキッカケにもなります。

本がおもしろいものだと思ったのは伊丹十三氏が書いたエッセー、「女たちよ!」でした。
伊丹氏の本を数冊読み終わったら、椎名誠氏の『わしらは怪しい探検隊』シリーズを読んだ。
それからは、歴史の本などを主に読みまくっています。

ボクがノンフィクションを読むのは、作り事より事実(事実と思われる)のほうが面白いから。
「事実は小説より奇なり」は本当なのだと思っています。
でも、たとへ史実だからといって事実とは限りません。現場にいた人でも見えないことがイッパイあります。
ただ、現場にいた人が見たことだけがその人の事実です。
それでも、ボクは「事実に近いこと」が面白い!

歴史小説などでは、主人公がカッコよすぎますね。
読者を感情移入させるためなのでしょうが、その思惑が嘘っぽく、ご都合主義を感じます。

akutagawa0216.jpg

イラストは芥川龍之介であります。
有名な芥川賞は彼の名に由来することは、いまさら言わなくともご存知の通り。

芥川龍之介(以下、芥川)を最初に読んだのは、たしか「蜘蛛の糸」。小学生の教科書だったと思う。
だいたい、教科書という体裁をとった瞬間、面白くない(へそ曲がり)。
押し付けられたものは、たとえ素晴らしいものでもつまらない。
人は贅沢でへそ曲がりなんだと思う。

そんな教科書でも「蜘蛛の糸」はスリリングな感じがしました。
カンダタ(「蜘蛛の糸」の主人公)が掴まっている細い細い蜘蛛の糸に、下のほうから無数の亡者が「助かりたい!」と糸に掴まって登ってくる。
カンダタは迷ったあげく・・・
読者の心が一気に引きつけられる。「カンダタどうする?そして、お前だったらどうする?」と・・・

何年か前、芥川の文庫本を買いました。
黒澤明が映画「羅生門」の脚本の下敷きにした「藪の中」と「羅生門」を読んでみようと思ったからです。

芥川の「羅生門」は良かった。文章が美しい。「日本語はこんなに美しいのか!」と思う。
古い言い回しと現代の言い回しとのバランスがすごく良い。(古い言い回しにこだわった文は読むのに疲れる)
そして短編なのが良い。芥川は短編の名手だと思う。

その多くは室町以前の時代設定のようですが「今昔物語」などを参考にしているのでしょうか?
芥川の本を読んでいると朗読をしてみたくなる。感情を抑えて、抑えた声で読んでみたい・・・

芥川の作品のなかでは「蜜柑」と「仙人」が好きです。
「蜜柑」は暗い前半から明るい後半?へと変わっていくところが素晴らしい!
「仙人」はラストの軽いドンデン返しに、ぬけ出したようなスカッとした感じがした。
そう、ボクの読むフィクション、2%のなかに芥川があります。

イラストは芥川の肖像写真を参考にしました。
この写真を初めて見たとき、正直いって異様な感じがしました(失礼ですが)。

ボクの想像ですが、あの太宰治は芥川に影響を受けたのではないでしょうか?
あごに手をやるポーズ、豊かな髪型、着流しの着物、カルモチンの服用など、似ていると思うのですが?・・・




  1. 2011/01/25(火) 07:16:00|
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パソコンの本音?(ジョーク)

《パソコンの本音》

pc0121.jpg

「メモリが不足のため、このプログラムを実行できませんでした。」
→ メモリーぐらい買ってちょー!安いパソコンを買うもんだでいかんわ!

「どれかキーを押してください」
→ いちいち言わなわからんの!もう!

「パスワードを入力して下さい。」
→ あんたさんはどなたさん?(お前のご主人様だ!忘れたか?)

「システムがビジーです」
→ 人づかい荒いわ!たまには自分で働らきゃー!

「応答なし」
→ チョット待てぁー!今、処理しとるで!

「ダウンロード残り時間3時間」
→ お前はタワケか?

「設定をやり直してください」
→ いらいらいらいら・・・!

「不正な処理を行ったので強制終了します」
→ ざまーみろ!ギャハハハハ・・・

「デバッグしますか?」
→ わかるー?わからんわなあ?

「ドライブローカルディスク(C:)の空き容量がすくなくなっています。」
→ たまには掃除しないかんよー!

「突然青い画面に白い英語が羅列されて、まったく反応しなくなった。」
→ 致命傷かもしれんよ?



《ボクの本音》
パソコンが名古屋弁かどうかはわかりませんが、
パソコンは「イライラ、ムカムカする便利機械」ですね?

追伸
ここ数日、雪が降っても当たり前なぐらい寒かったのですが、
ついに降ってきました。雪が!ドサッと降りました。
子供のころは雪景色を見るとワクワクしたものですが・・・


"ジョーク・小噺集" >http://kuroneko22.cool.ne.jp/Joke1.htm
を参考にしました。





  1. 2011/01/18(火) 07:21:26|
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斉藤義龍(信長夜話・その12)

信長と舅の斉藤道三の関係はうまくいっていた。
しかし、それに影がさします。

道三は美濃の国衆の掌握に失敗、息子の義龍(よしたつ)に強引に
家督を譲らされます(家臣団の圧力があったのでしょう)。

しかし、道三は再び兵を集め、子の義龍に対抗します。
弘治2年(1556)4月20日、長良川で道三と義龍はぶつかります(長良川の戦い)。
劣勢の道三はこの戦に敗れ、亡くなります。

信長は道三を救援するため出陣。木曽川を渡河、大浦(現岐阜県羽島市)まで進出、しかしすでに遅く、道三は戦死。
義龍勢と小競り合いがありましたが、それ以上はなく清洲城に帰っています。

美濃のドサクサを良いことに、「道三救援」を大義名分として美濃を侵略するつもりだったとボクは思っているのですが?
冨田、正徳寺(聖徳寺?)での会見から3年後、「桶狭間の戦」の4年前、信長23歳です。

saitouyoshitatsu32.jpg

道三は義龍を嫌っていた。弟の孫四郎や喜平次らを寵愛した。
道三は義龍に家督を譲っておきながら、義龍を廃嫡して孫四郎を跡継ぎにしようとしたことから、両者の間は決定的となる。

義龍は道三と側室の深芳野(みよしの・良い名前ですね!)の子といわれていますが、
深芳野が土岐頼芸から道三に譲られる前に頼芸の子を妊娠していた。
それが義龍だと道三は疑っていた。という説があります(後世の作り話だとも)

オスの悲しさ、「自分の子だ!」と信じるしかないわけで、疑いはじめたら際限がありませんね。

若いころの義龍は本ばかり読んでいたとか、身長190cmもある大男だったとか言われています(当時の男の平均身長が160cmぐらい)。
大柄な引きこもり青年のように道三にはうつったのかもしれませんね。戦国時代ですから。

道三は「無能」だと思っていたのですが大ハズレ、義龍は戦国大名として優秀だった。
合議制を導入したり楽市楽座を認めたりして、まもなく美濃を掌握(信長は独断型、合議制だから良いとはかぎらない。また、楽市楽座は信長の専売特許ではなかった)。
「長良川の戦」での義龍の戦略・戦術を見て、敵将で父である道三も褒めたといいます。

美濃を掌握した義龍は近江の浅井氏と戦ったり、陰で信長の尾張を撹乱したりしました。
信長も義龍相手に苦戦。信長にとってかなりの強敵です。

永禄2年(1559年)に信長が僅かな供を連れて上洛したとき、火縄銃を装備した手勢をはなって信長を暗殺しようとしています。
失敗しますが、これは日本史上初の狙撃未遂?です。
「大げさな戦などしなくても、敵の親玉を亡き者にすれば良いのだ。」という合理的な発想?が出来る人だったように思えます。

永禄4年(1561)5月11日、義龍は急死。享年35歳。
「桶狭間の戦」の翌年です。
永禄2年の狙撃といい、義龍の急死といい信長は強運の下にいました。
義龍が生きていたら美濃攻略は大変だったでしょう。

イラストは義龍の肖像画を参考にしました。
肖像画にある頬の髭(毛)が不思議な感じ!こんなところにも毛が密生しているということは毛深かったのでしょうか?
道三の肖像画でも頬の髭が見えますから、美濃では流行っていたのかも?

背景は居城とした稲葉山城(現岐阜城)としました。
濃尾平野の端に屹立した稲葉山の頂上に天主があります。
岐阜駅から稲葉山まではボクの散歩コースのひとつでもあります。





  1. 2011/01/11(火) 06:45:00|
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合点承知!

平成23年、あけましておめでとうございます。
本年も変わりませず、「ブエノス小僧のイラストブログ」をご贔屓のほどを、


「こちらのお方は、合点承知之助(がってんしょうちのすけ)様でございます。」

gatten14.jpg

承知之助 「それがし、合点承知之助でござる。」

「新年早々ですが、承知之助様にお頼みしたきことがございます。」

承知之助 「ほう、言うてみて下さらんか、うかがいましょう。もそっと近くへ」

(キサクな方のようだ、お願いしてみよう)


三重の男
「信頼できるこの国のリーダーをお探しいただきたい!
なんにもせーへん、なんにも出来ない、だだくさな政府、
なんとかならんもんやろか? 」

山梨の女
「義理のじいさんが自分がボケたのをいいこんに、私の体をさわるのずら。」

薩摩の男
「年末に生鮭を丸ごと一尾もろたのじぁんどん、
いけんやって食したら良かでしょうか?」
(訳)「年末に生鮭を丸ごと一尾いただいたのですが、
どうやって食したら良いでしょうか?」

富山の女
「おらは今年で34歳になるがいけど、結婚することが出来るのけ?」

岡山の男
「お足(金)がありゃぁしません。なんとかならんじゃろうか?
今晩まではなんとか食うことができますが、その後のメドがたっとりゃぁしません。」

津軽の女
「息子が部屋さ閉じこもったまま出できません。」

北海道の女
「メールで受信は出来るのだけどささ、送信ができないんだわ。」

長崎の男
「妻が暴力ばふるおると。DVたいってことばい。」

広島の男
『「金だ金じゃ!」ゆぅて走ってきたら「人の心のつながり」がスカスカになってしもぉた。』

島根の女
「うちのあかごが泣き止みません。育児の本を読んで、泣き止ませようとしても泣き止みません。 おかしくなりそげです! 」

福島の男
「テレビでよく見るのだぁ~が、フカヒレとかフォアグラはほだにウマイものなのだべが?
鴨南蛮も食ったことがないのだぁ~が? 」

大阪の男
「よめはんがどうも、浮気をしとるようなんですは?」

栃木の女
「親が子を殺し、子が親を殺す。尋常ではなかんべよ。
これをなんとかしなくっちゃなんねぇべ。」

名古屋の女
「娘が夜になっても帰ってこーへん、オートバイを爆音をたてて乗り回しとるんだわ、
なんとかならんきゃあ?」

高知の男
「ボクはUFOを見たことがないがで。死ぬまでにいっさん見てみたいのやけど?」

承知之助 「・・・よくぞ言うて下さった。さてさて、いつの世も悩みはつきませんな。
承知いたした。順順に解決いたすつもりでござる。この承知之助がきいた上はご安心めされ!」

嘘でもこう言ってほしいものですね。こんな方がどこかにいませんでしょうか?
(おるわけない!)



合点承知之助(がってんしょうちのすけ)
最近はきかなくなりましたね。「がってん!」すら聞かなくなりました。
NHKテレビで見るぐらいですね(落語家の司会のヤツ)。
漢字で書くとこうなるのを初めてみました(自分で書いたのにもかかわらず)。

承知之助様のイラストを画くのに、がっしりした体躯の浪人にしようと思いましたが、
結局、このお方にしました。
ちょっと頼りなげですが現実感があると思うのです。カッコいいのは嘘っぽい。

(注)ご存知だと思いますが、ご存知でない方に、
「合点承知之助」という方はおられません。
言葉遊びのひとつです。
「了解しました。」を面白く言ったものです。





  1. 2011/01/04(火) 07:16:20|
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