ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

三好山の城(信長夜話・その52)

akutagawajyounonobunaga12.jpg

永禄11年(1568)9月26日、織田信長は上洛を果たした。
9月29日、三好三人衆の一人・石成友通(いわなりともみち)の勝竜寺城を落とす。

9月30日、信長は手を緩めることなく、山崎(現京都府乙訓郡大山崎町)まで進出。
先鋒は天神山(現在のJR高槻駅の近くか?)に陣を布いた。

JR高槻駅の北西5kmに標高182.6mの三好山がある。芥川山城があった。
芥川山城は信長の前の天下人(京と畿内の覇者)、三好長慶の居城だ(長慶はすでに亡くなっていたが)。
三好山とは、三好氏の居城があったからそう呼ばれたのだろうと想像している。

akutagawayamajyou15.jpg
《芥川山城の周辺を放火して城に迫る信長軍とした》


このころは三好長逸(みよしながやす)の城であった。
信長軍は芥川山城を攻撃、その周辺を放火した。
「芥川城に立てこもっていた細川六郎昭元殿・三好日向守長逸は織田勢の圧迫に耐えかね、夜になって退却した」(信長公記)。
信長と足利義昭は芥川山城に入る。

信長の戦を調べていると、「その周辺を放火した」という記事をよくみかける。
今回の場合、おそらく、城を孤立させること、城兵の気持ちに揺さぶりをかけて不安にさせる目的だったのだろう?「この戦は分が悪い」となれば、兵は逃げ出すだろうから。
(放火されるところの住民は迷惑このうえないが・・・)

実は「芥川山城」(当時は「芥川城」と呼ばれた)の近くに「芥川城」という同名の城があったということでややこしかった。
現在は三好山の城を「芥川山城」と呼んで区別している。ここでは「芥川山城」とした。

「芥川山城」は、北・西・南の三方を芥川で囲まれた、崖が急な三好山を天然の要害として築かれ、規模が大きかったといわれる。
その城跡は、遺構の残存状態も良好で戦国時代の典型的な山城と言われている(ボクは行ったことがないが)。


ところで芥川山城の近くを流れている川、「芥川・あくたがわ」だが、
ボクの好きな芥川龍之介とは関係があるのだろうか?とボンヤリと思った。
地名と苗字は関係があることが多いからだが・・・


最近、見つけた信長っぽい顔。
お笑いの「我が家」の坪倉 由幸(つぼくらよしゆき・敬称略)。背泳の寺川綾(スッピンの)。






  1. 2012/08/28(火) 07:29:39|
  2. 信長夜話
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

9月28日の勝龍寺城(信長夜話・その51)

永禄11年(1568)9月26日、織田信長は上洛を果たした。

9月28日、配下の柴田勝家、蜂屋頼隆、森可成、坂井政尚、らの先鋒軍は桂川を越え西国街道(山崎街道)を南下、勝龍寺城(しょうりゅうじ・現京都府長岡京市)を攻撃する(上洛と同じ日だったの説あり)。
坂井政尚(さかい まさひさ)はこの時、初めて史料に現れる。

syouryuujijyou225.jpg
《飛び道具(鉄砲や弓矢)で勝龍寺城を攻める織田軍。敵の飛び道具を無力化してから攻めるのは今と同じだ。現在の勝龍寺城跡を参考にした。》


信長は上洛を果たしたからといって休むことはなかった。
上洛と同時に畿内の制圧を開始した。

信長はまず、三好三人衆とその与党をターゲットにしたようだ。
西国街道沿いの城を攻略する。
(三好三人衆については近いうちに書くつもり)

このころ、勝龍寺城は三好三人衆の一人、岩成友通(いわなりともみち)の居城だった。
信長軍の攻撃をうけて、城側も足軽隊を出して城外で応戦するが、信長軍の四将は連携して敵にかかり、柴田らは首級50を挙げている。

syouryuujijyouasogaru12.jpg

首級は東福寺の信長(信長は東寺から移った)まで送られて実検された(9月27日、信長は勝龍寺表に移動。足利義昭も近くの西岡寂照院(にしのおかじゃくしょういん)に着陣したという説あり)。
挙げられた首級はほとんど足軽、雑兵だったろう。

9月29日、岩成友通は、柴田らが攻城を開始すると支えきれずに開城した。
しかし、友通は翌年の「本圀寺の変」では三好勢の将として出陣しているので、城を脱出したのだろう。
この時は織田氏には降らず摂津に落ちたものと考えられている。

おそらく、岩成勢の士気は低かった。
信長上洛の壁になると思っていた南近江の六角氏が実質戦闘、1日で信長に敗れたのが影響していたのではないだろうか?
士気、兵力ともに信長軍が勝っていたのだろう。
このころ、三好三人衆は松永久秀と対立しており、それも信長に有利にはたらいた。

この勝龍寺城にはエピソードがある。
天正6年(1578年)8月、細川藤孝の嫡男忠興(ただおき)と明智光秀の娘、お玉が、この城で盛大な結婚式を挙げ、新婚時代を過ごしたとされている。
お玉は現代では美人としの評価が定まっている細川ガラシャだ!

その4年後、信長の死後、天正10年(1582年)6月13日(西暦7月2日)、羽柴秀吉と明智光秀が戦った「山崎の戦い」はこの勝龍寺城の近くでおきた。
敗れた明智光秀はこの城に退却。さらにここから坂本城(滋賀県大津市下坂本町)をめざして落ちのびる途中、本経寺付近の竹薮で、落ち武者狩りの農民の襲撃をうけて光秀は亡くなったと言われている。

9月30日(9月28日説あり)、信長と足利義昭は山崎(やまざき、現京都府乙訓郡大山崎町)に移動。三好長逸(みよしながゆき)の芥川山城(現大阪市高槻市)を攻撃する。






  1. 2012/08/21(火) 07:24:31|
  2. 信長夜話
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ギョギョギョの半魚人!

このブログのカテゴリー<怪物>の2発目は「大アマゾンの半魚人」

ハリウッド映画の怪物だ。
「大アマゾンの半魚人」は映画のタイトル(1作目)。
1954年のユニバーサルピクチャーの空想怪奇映画。

ウィリアム・アランド製作、ジャック・アーノルド監督、モーリス・ジムの原作。
半魚人の着グルミはジャック・ケヴァンの手になる。

映画は3D(当時すでに!)と標準の両方があった。日本では標準だけの公開だったと手元の資料にある。
当時の3Dは、レンズ部分がそれぞれ青と赤の、紙の枠の眼鏡を目にあてて見る。眼鏡は映画館で観客に配られたそうだ。

hangyonin23.jpg

映画「大アマゾンの半魚人」の超簡単なあらすじ・・・
ある学者が、アマゾン河のジャングルで指に水かきのある化石化した手を発見!
仲間の学者と勇んで調査に向かう。当然、魅力的なおネエちゃんも一緒だ。

ついに、半魚人〈ギル・マン(エラ男)〉を発見して、ひと騒動。
さらに、半魚人がおネエちゃんをさらったりする。学者たち(男ども)は救助に向かう。
水中での格闘の末、傷ついた半魚人はアマゾンの濁った水中深く去って行く・・・


「半魚人」というのは日本で考えられた名前だが、良いねぇ!(元は「ギルマン、鰓(えら)男」だが)半分魚で半分人間。
見世物小屋的な泥臭さがあって良い。スマートではないところが良い。

半魚人は着グルミのタイプだが、その出来は評価が高く、今でもファンが多い。
鋭いツメがある手と足には水かきがあり、背中や腕にはヒレのようなものがついている。

体はヒダというか鎧状だ。いちいちウロコを表現するのは大変だから省略したのだろうが、雰囲気は出ている。
最近のSF映画の着グルミと比べても、なかなかの出来だ。


映画はヒットして、続編が2本製作された。
1954年「半魚人の逆襲」、1956年「The creature walks among us.(半魚人我らのなかを歩く)」だ。

2作目からは、1本目の評判で観客動員がみこめることや、製作費が安くなるので、ヒットすると当然、こうなる。
映画は2作目からが儲けの主体とさえ言われている。
しかし、映画の出来は1作目を超えることはほとんどない。

おそらく、もっとも儲かったのは2作目の「半魚人の逆襲」だろう。
3作目の「The creature walks among us.(半漁人我らのなかを歩く)」はバカバカしさに観客動員数は伸びなかったのではないだろうか?
だから4作目は作られなかったと想像している。

その内容は、
またしても、科学者グループがアマゾンへ出かけ、捕まえた半魚人に手術を施し、エラ呼吸から肺呼吸に改造(人間は怖い)してしまう。
半魚人はスキをみて水のなかに逃げるのだが、肺呼吸に改造されたことが仇となって、おぼれてしまう。
人を食ったような結末だ(怪物なだけに?)。

半魚人は生臭かったり、気持ち悪い姿をしているが、人間を襲うといっても、
水の中に引きずり込んで溺死させるか、なぐりつけるか、ツメでひっかくか、首をしめるか、噛み付くか、ぐらい。

そんなことをされたら、もちろん恐ろしいが、
得たいの知れない怪物のわりには、やることが当たり前だ。
この程度のことなら、人間だってやる。

いや、人間は安全を疑問視する原発を、やすやすと再稼働させるのだから、半魚人の怖さなど、ものの数ではない。
どうやら、原発の安全より優先(プライオリティーなどという小ざかしい言葉は使わないぞ!)させるものがあるらしい?
話をもどす。だから、怪物の脅威も想像を超えてほしいのだ(他の怪物にも)。

怪奇映画の怖さは、BGMと恐怖の演技をする役者の存在が重要である。
怪物そのものの怖さが半分、あとの半分はBGMと悲鳴をあげる役者の演技だ。
観客はそれにつられて、「わわわぁ!怖い!すこしは入場料の元を取った。」と感じるのだとボクは思う。

ところで、水棲の怪物といえば、わが日の本には「河童」がいる。
河の淵に潜んで、ときに人を襲うという。
「ひょっとすると、半魚人のモデルは河童かもしれんなあ・・・?」
ボクは濁ったお茶をゴクリと飲んだ。今日も蝉が元気に鳴いている・・・

イラストは、アマゾン河の土色に濁った淀みからジャボジョボと現れる半魚人とした。
(見ようによっては、かろうじて倒木にしがみついている半魚人とも見えるからオカシイ?)






  1. 2012/08/07(火) 07:27:23|
  2. 怪物と怪し
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0