ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

海には、ドエリャーやつがおるかもしれん?(名古屋弁)

映像が撮られたことから「大王いか」が話題だ。

「大王いか」は深海に棲んでいて、なかなか正体がわからなかったが、
映像にとられるやら、海岸に打ち上げられるやらで、ちょっと出すぎの感がある。
わからないところが良いのだ。

大王いかは深海でマッコウクジラと格闘をやっているらしい(現場を見た人はいないので、「らしい」となる)。
そんなイラストをよく見た。


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《お互いを獲物だと思っとるぞ!》


随分と前だが『テンタクルズ』(1977年制作、イタリア・アメリカ合作)という映画があった。
内容はポスターを見れば一目瞭然。デデデっかいタコが船を襲い、人を襲うのだ。

ジョン・ヒューストン、シェリー・ウィンタース、ヘンリー・フォンダといった当時の大物俳優が出演したが、駄作だった。
ほとんどの映画はポスターと出演者を見れば、ストーリーはだいたい想像がつく。

「デっかいタコ」は、映画「水爆と深海の怪物」(1955)なんかにも登場して暴れちゃった(使い回しではないだろう?)。


思えば、人類はやたらと襲われる。
火星人、金星人、などの地球外生物にはじまって、ゴリラのでっかいのやら、蜘蛛やサソリのでっかいの、
はたまた、でかいメスの蜂(「ハチ女の恐怖」1960)なんかもあった。

水爆実験の放射能を浴びて、でっかくなった恐竜もあった。
口から放射能を吐く。吐き出す瞬間、背中のゴツゴツが怪しく光る。

好きなんだね襲われるのが、いや、襲われている人を見るのが?我々は・・・


「放射能を吐き出す」といえば、某大電力会社の某発電所を思う。
映画ではパニックになった大衆が逃げ惑うが、某発電所が放射能を吐き出し続けても、我々はパニックにならない。
思っていたより我々はシブトイ?


人間が風を頼りに船で大海に乗り出していたころ、海には想像を超えた不思議な生き物が棲んでいると思われていた。
潜水器具が発達していなかったから、海面からせいぜい20mぐらいまでしか見ることが出来なかった。
想像を刺激したにちがいない。
鯨が捕らえたりしただろうから、ますますである。


ずいぶんと前、ボクは海で泳いでいて、水中眼鏡を透してみる海中から、クビ長竜(プレシオサウルス)が、こちらに向かってきたら、と想像したことがある。
恐ろしくなった(妙な想像をするからだ)。のんびりと泳いでいる場合ではない。
全力で海岸に向かって泳いだ(臆病者!)。


西洋には「クラーケン」という海の怪物伝説?がある。
デンマーク人、エーリク・ポントピダンが1752年、「ノルウェー博物誌」で紹介したという。
それは「北極海にすむ巨大なタコ」のように書かれている(イラストはないのかな?)。

おそらく、船乗りたちの話を下敷きにして、エーリクが想像したのだろう。
船乗りたちの想像(妄想か?)にポントピダンの想像が重なったので、ハッキリ言って正体がよくわからない。


タコやイカを食べる習慣がない国の人は、タコやイカを「悪魔の魚」と毛嫌いする。
その姿形からくる印象なのだろう。
知識がないまま、初めてタコやイカを見たら、「なんだこれ?キモチ悪ぅ!」と、その独創的な形に驚くだろう。

しかし、我々日本人は恐れない。
刺身、タコぶつ、シャブシャブ、酢だこ、たこ焼き、すしネタ・・・とウマイことを知っている。
ボクは「酢だこ」と「たこ焼き」が好き。

巨大タコが襲ってきても、なんとかして生け捕り(新鮮だから)、切り刻んで食ってしまう。
タコからみれば我々は恐ろしい!




澁澤龍彦著『幻想博物誌』河出文庫¥500 を参考にしました。








  1. 2014/03/18(火) 07:05:26|
  2. 怪物と怪し
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東へ(信長夜話・その75)

ソチ・オリンピックの女子フィギア、浅田真央はドラマの感がした。

もし、失敗したショートで高得点、高位置をキープして金メダルに輝いたら、
本人にとって、輝かしいこと、ファンにとっては「待ってました!」だっただろう。

しかし、そんなとんとん拍子は、より強い感動につながりにくい。

たとえば、大相撲で、前頭から関脇へ、関脇から大関へ、スイスイと大関から横綱へ、
という筋書きは感動を与えにくい。

三役で一度、負け越し、前頭に転落、そこから再び綱取りに挑戦。
ライバルを激戦の末に倒し、晴れて横綱へという筋書きが望ましい。
観客が望んでいるのは、「挫折の末の栄光」だ。

浅田真央は、それをオリンピックの二日間で体現してみせた。
本人にとっては大変だっただろうが、メダルを逸したとはいえ、観客に(世界に)感動を与えた。

ショートでの失敗が強い印象へのスパイスとなったのだ。

おかげで、メダリストたちが霞んでしまったように、ボクには見えた。
浅田真央の存在感はオリンピック前より一段階上がったように、ボクには見える。

スイスイ、とんとん拍子の人生に人は興味をもたないように・・・。




さて、今回の「信長夜話」は・・・

「京での予定を終えた4月20日、信長公は軍兵を率いて京を進発し、まっすぐに越前(建前は若狭)をめざした。
その日は坂本を越えて和邇(わに・現滋賀県志賀町内)で宿陣し、翌日は高島郡の田中城に宿泊した。
22日になって若狭に入り、熊川(現福井県上中町熊川)の松宮玄蕃領を経て23日佐柿(現福井県美浜町佐柿)の粟屋越中守勝久の館に着陣した。」
と『信長公記』は伝えている。


この経路は、京から坂本に出て、右に琵琶湖を望みながら北上、現滋賀県高島市から若狭方面に転進、ここからは山間部を行く。

途中からは「鯖街道」(若狭街道)と呼ばれるルートだと思う(「鯖街道」はいくつもある)。
若狭(日本海側)で取れた鯖を塩をしたり、焼いたりして腐敗を止め、大消費地である京へ運んだという。
京は内陸にあるため、海産物は喜こばれた。


文中の熊川はかつての宿場、古い町並みが残っていて、「鯖街道」の見物ポイント。道の駅がある。
ただ、熊川は観光地としては都会人には、物足りない内容だとボクは思う。

ボクは何度もこのルートをクルマで辿ったことがある。
若狭や丹後、因幡地方(鳥取)に行くときに利用する。
(高速道路は面白くないから、ボクはなるべく利用しない。)

熊川からはダラダラと下ると上川(現在)。若狭湾はもうすぐ。
上川から西に向かうと小浜から大飯(若狭)だ。


ところが、4月25日、信長の軍勢は東へと向かった。
その先には佐柿から敦賀だ。敦賀には朝倉氏の諸城がある。
信長の建前が本音になった瞬間だった。

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《上川(現在の)から東へ(イラストでは左)向かう織田軍。》


軍勢の半分は、非戦闘員の補給部隊だったといわれる。
いまでも商事会社の営業とそれ以外の社員の割合は、半分半分だそうだ。
今回の信長の軍勢が三万とすると、一万五千が補給部隊、残りが戦闘部隊ということになる。


当時、足軽には一日に米が六合、塩は十人に一合、味噌は十人に二合、が支給されたという(『雑兵物語』)。
(注、大名によっては支給内容は異なる。)

米一合(約180cc)は約150g、六合は約900gになる。おそらく玄米だろう(健康的!)。
米、塩、味噌だけでも、これだけ支給しなければならない。

足軽には簡易鎧や武具の貸し出しもしたから、軍を動かすには莫大な金が必要だった(今でも)。
補給部隊は食料以外にも矢玉や水も運んだことだろう。


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《小休止をする輜重隊(しちょう)とした。戦闘員ではない補給部隊(護衛が付いただろう)。
荷駄を背負った多くの馬が連なっていた。》



旧日本軍は、補給を軽くみる傾向があった。
正面での戦闘に比べ、補給は一段下にみられた。
そのためもあって、兵はみじめな戦を強いられた。

旧陸軍と比べて、先進だと言われた旧日本海軍でも、補給物資を運ぶ敵輸送船に対して、
「丸腰は攻撃しない」という思いがあったという。
そんなナメた思いで、当時も最強と言われたアメリカと戦ったのだから、負けてもしかたがない。

アメリカ軍は初期のダメージから反撃に転じると、日本の輸送船は次々と沈められた。
補給路を断つことにアメリカは容赦をしなかった。


第二次大戦中のイギリスを窮地に立たせたことのひとつに、旧ドイツ海軍の潜水艦による狼群作戦がある。
有名なUボートだ。
当時の海上決戦兵器と思われていた排水量3~4万トンの戦艦ではなく、2千トンにも満たない潜水艦が
現在言われるところのシーレーンを脅かした。

現在では潜水艦は重要兵器となっている。
いかに補給が大事かがわかる。


ところで、食い物の補給を受けたのはいいが、出すほうはどうしたのだろうか?
下の話好きのボクとしては気になる。

陣を張ったところでは、ところどころに穴を掘り、そこにしたという。
その穴がイッパイなると埋めて、また他のところに穴を掘った。
ウンチング時は丸見えだったのだろう(はずかしい!出るものも出ない!)。

軍の移動中はどうしたのだろうか?
草むらに分け入っての、立ちション、野グソ、だったにちがいない。

それが三万もの大軍となると、彼らのいくところ、臭かったろうなぁ・・・
軍の移動は臭いをともなっていたことになる。

テレビや映画では、そんなシーンはまず出てこない(当たり前だが)。

足軽については、いつか書きたい。


敦賀に達した信長は、朝倉方の寺田采女正(うねめしょう)が守る天筒山城(てづつやま・現敦賀市)に襲いかかった。
次回「信長夜話」に続く・・・









  1. 2014/03/04(火) 07:23:14|
  2. 信長夜話
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