ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

敦賀(信長夜話・その76)

今年の四月中旬、ボクのカワイイ愛車で敦賀(福井県)へ行ってきた。
桜が満開だった。

ボクは敦賀が好きだ(原発があるのを除けば)。
とくに敦賀半島が好きだ。敦賀半島の夏は海水浴でにぎわうが、
それ以外は、静かなところだ。

半島からは敦賀湾のむこうに山々が日差しを受けて美しい。
その対岸の一角に金ヶ崎(現敦賀市内)がある。
山並の一部が海に突き出し、先端は崖になっている。

戦国時代、その先端に朝倉氏の金ヶ崎城があった。
また、金ヶ崎城から尾根続きに手筒山城(てづつやま)があった。
二つの城は近い。




元亀元年(1570年)4月、
織田信長は若狭へではなく、軍勢を北に向けると、敦賀に侵攻した。総勢三万(もっと多いという説もある)。

敦賀は越前、若狭、近江に繋がる要衝(今でも)。
敦賀から木の芽峠(きのめ)にかけては越前朝倉氏の重要な防衛線だ。朝倉方の城が複数、置かれていた。
信長の大軍が敦賀に迫ったことは朝倉方も察知していただろう。

手筒山城には寺田采女正(うねめのしょう)を主将に千五百(朝倉始末記)、
金ヶ崎城(敦賀の主城)には敦賀郡司である朝倉景恒(かげつね)の三千が守りを固めた。


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「・・・25日、信長公は越前の地へ足を踏み入れた。敦賀まで進んだ信長公は馬を懸け回して付近の地勢を検分し、
手筒山城を標的に定めるとすぐさま旗下の将士に攻撃を命じた。
手筒山と金ヶ崎は峰続きのように見える。
南東に屏風のごとくそびえ立つ高山であったが、・・・」(『信長公記』現代語訳)

元亀元年(1570年)4月25日
信長は馬を走らせて地形や敵状などを視察した後、手筒山城を攻めることにした。
物見からの報告もあったのだろうが、総大将、信長自身が見て回ったというところが信長らしい。

手筒山城は金ヶ崎城から南東につながる標高171mの山にあった。


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信長は力攻め(急戦)に出る。
『将士たちは信長公の命が下るや一命を顧みずに坂を駆けのぼり、
千三百あまりの首を挙げて一気に城を陥れた。』(『信長公記』現代語訳)

手筒山の東側は急峻で、その下は湿地帯だったという。城方はその方面の防御を手薄にしていた。
「こんな攻めにくいところから敵は攻めては来ないだろう」と思ったのだろうか?
攻めにくいところから意表をついての攻撃の例はいくらでもあるのに?「義経の一の谷」など、
本当に城方は、そんなことを思っていたのだろうか?

おそらく、攻撃する織田勢との兵力差から、
いたしかたなく主力を西側からの攻撃への防御のため布陣せざるを得なかったのだろう。
東南は天然の防禦線に頼まざるを得なかった。信長はそこに目をつけたのだ。

攻撃を開始した織田勢は手筒山城東南の湿地帯から一気に攻めのぼる。
織田勢の厳しい攻めに、一日にして手筒山は陥落。
金ヶ崎城の守将、朝倉景恒も手筒山城に来て戦うが敗れた。


城攻めには、攻め方は城方の三倍以上の戦力を必要とすると言われる。
朝倉方が手筒山城、金ケ崎城を合わせても四千五百、かたや織田方は三万(もっと多い説あり)である。
三倍をはるかに上回る六倍だ。
装備も織田方のほうが優れていただろう。


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この戦いの朝倉方の死者を『朝倉始末記』は500余りと伝えているるが、『信長公記』は「頸数千三百七十討捕」と伝えている。
激戦だった。織田方の死者も1500名余と『朝倉始末記』『言継卿記』は記する。
武将の戦死も、朝倉方では三段崎弥七、同四郎左衛門、上田兵部丞の家臣団に気比社家衆の別当、嶋、宇野、小木氏など。
織田方では、森可隆(よしたか)、毛利河内守など名だたる武将も戦死している。

森可隆は織田の有力武将、森可成(よしなり)の長男、あの森蘭丸の兄だ。
初陣だったという。
可隆は城に一番乗りを果たし、城は陥落するが、可隆は深入りをし過ぎたため反撃を受けて討死した。享年19(若い)。
血気にはやったか?

このことは、攻撃の先頭に立ったのが信長の馬回り(親衛隊)だったと想像させる。
信長が最も信頼する戦闘集団だ。

今回の遠征軍には、徳川家康、松永久秀、池田勝正、明智光秀(幕臣だっただろう)らの部隊も参加していた。
普通、織田信長より下位の武将の部隊が危険な先陣を受け持つ(受け持たされる)のが成行きだと思うが、
信長は自分の馬回りに先陣をさせたようだ。


複数ある敵の城を攻めるとき、そのひとつに戦力を集中して激しく攻め、短時間でこれを落とす(当然。自軍にも損害が出るが)。
それを知った他の城の守兵は恐れをなして城から逃げ出す。
効率よく、短期間で複数の城を攻略することができる。
というのが信長流だったようだ。
対北畠氏(伊勢)、対六角氏(南近江)でも、これをやっている。

兵糧攻めなど時間をかけ、じっくりと攻めることを得意とした秀吉と対照的だ。
秀吉と比べると、やっぱり信長は「せっかち」だったのだろうか?

次の日、織田勢は手筒山城から尾根続きにある金ヶ崎城(敦賀郡の主城)を攻める(次回、信長夜話)。


今回から数回にわたって、織田信長の元亀元年の越前侵攻の顛末を書く。
ボクが好きな信長の逸話だ。
もちろん、史実にもとづいている(史実と思われている)。作り話ではない。




「金ヶ崎の退口」を参考にしました。
http://historia.justhpbs.jp/nokiguti.html

<私訳「信長公記」>から引用した箇所があります。
http://home.att.ne.jp/sky/kakiti/shisaku.html








  1. 2014/05/27(火) 06:56:47|
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営業電話はめんどくさい!

ボクは霊感がまったくない。

霊や小さなオジさんを見たこともなければ、金縛りにあったこともない。
夢のお告げもほとんどない。もちろんUFOとも無縁だ(威張ることはない)。

ただ、電話の呼び出し音には勘が働くように思う。
「アイツだな?」と思って電話に出ると3割ぐらいの確率で当る。
(だれでもそうかな?)

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電話だ!呼び出し音がうるさい。

「はい、ブエノスです・・・」
「・・・ご主人様ですか?」
「ハイ・・・」
「私○△の□□を担当しています×○と申します。この度、△△のサービスをはじめました。ご興味はおありでしょうか?・・・・」からはじまって、不自然に元気の良い声で、たたみかけるように話はじめる(怒涛のしゃべり)。

そもそも、勝手に電話をしてきたのだから、マズは自己紹介からはじめるのが順序だとボクは思う。
電話に出たのが目当ての相手(ターゲット)かどうか確かめてからの自己紹介は、順序がちがう。

およそ、家にかかってくるものの多くは電話をかける側の都合によるものだ(親類、知人を除いて)。
「ご紹介、サービス、ご説明」などと耳ざわりの良い言葉を使うが、
要は「営業」だ。自分都合だ。結局はなにかを売りたいわけだ。

「私は巨額の遺産相続を受けるハメになりまして、つきましては貴方様にそのうちから1億円を受け取ってもらえないだろうか?・・・」などという電話は、まずかかってこない。
いや、もしそんなのがかかってきたら「それこそ怪しい電話」だが、


「一日に500軒に電話をしろ。これがノルマだ。」とその会社では営業マン(ウーマン)に課しているのかもしれない?

電話での営業を外部依頼しているかもしれない(アウトソーシングなどとカタカナ語は使わないぞ)?
その商品を扱っている会社の人間ではない可能性がある。

手元に手本(マニュアル)を置いているかもしれない?
こちらが返事をすれば、「ああ言えばこう言う」状態になる。
電話をかけている側は仕事なのだ。

印刷物を郵送しておいてから電話をかけてきて、「先日、お送りしました○○の資料、ご覧いただけましたか?」などと言ったりするのもある。
一見、成立しているようにみえるが、
勝手に印刷物を郵送しておいて、突然の電話で「・・・ご覧いただけましたか?」とは、釈然としない。
こちらは、ラーメンを食うのを中断して(のびちゃうだろ)、
もしくは、オシッコを途中で切って電話に出るときもあるのだ。
「そんなの来てたかな?」と思い出すのもメンドクサイ!

新入社員に電話のかけ方の練習も兼ねて、手当たり次第にかけさせているかもしれない?
(新年度になると、要領を得ない電話がかかってくる)。
お客様で練習させるなんて、なめている。


ボクはこの手の電話に付き合うつもりはない。
欲しいものがあるときは、こちらから電話をするし、出かけて行く。
また、インターネットで調べたり注文を出したりする。

電話からの営業に「じゃぁ、二つ三つもらおうか?」など、まずない。
受身の買い物はろくなことはないと思っている。
資料を送ってもらうのも、まずない。後でウルサイから。


ボクは、仕事で電話連絡が必要なときは、なるべく、こちらからかけるようにしている。
資料を整えての電話だから、相手に不快な思いをさせることが少ないし、こちらのペースだ。
電話は奇襲みたいなものだから。


先日、近所のご隠居にこの話をした。
以下はご隠居の話。

「・・・電話には、かすれた弱弱しい声で、ハイ□□です。と出るんだよ。
するってーと、相手はたたみかけるように話はじめるな。」
「なーんだ営業か・・・」と思ったら、
適当なところで、「留守しています」と言うんだな。
「えっ!お宅様は?」と相手。
「・・・親戚です・・・」
「□□様は何時ごろお帰りでしょうか?」
「・・・わかりません・・・」
「また電話をさせていただきます。ゴク(電話の切れる音)」
となるな、ふつうは。

ひでぇのになるってーと
「・・・親戚です」と言った瞬間、ゴク(相手が電話を切る音)というのもあるんだよ、まったく。
目当ての相手じゃない、「じじいには用はねえ」ということなんだろう?

電話の相手の正体と用件がわかった瞬間、カチャリ(こちらから電話を切る音)というのもありだな。
相手の営業トークに付き合う義理はねえんだからさ、

かすれた弱弱しい声で出るというところがミソだね。
相手は「よぼよぼの爺さんが出た」と思うから、
「ムズカシイことを言ってもムダだ」と拍子抜けになる。

また、相手ペースになりそうな時に「えーっ?」「えーっ?なんでしたかな?」「えーっ?」とボケたふりをすれば、「しょうがねえな、このクソ爺!」と退散する。
オマケに演技する楽しみも味わえるしな。
ボケ老人の演技なんて「役者冥利につきる」ってもんだ。


「さすが!ご隠居!」とボク。
したたかでウルサイ営業電話には、これぐらいでないとつり合いがとれない。















  1. 2014/05/13(火) 07:31:56|
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