ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

そんな時代(信長夜話・その65)

永禄十二年(1569年)ルイス・フロイスは二条城の建設現場の濠橋の上で、織田信長と会見することに成功した。

その20年前、天文十八年(1549年8月)、フランシスコ・ザビエルは弟子二人、ヤジロウ(弥次郎?)とその従者二人、計六人で鹿児島の坊津に上陸した(鑑真和尚もここに上陸した)。
日本でのポルトガルの拠点を築くためだったと考えられている。

信長は当時16歳、「尾張の大うつけ(ばか者)」と言われていたころだ。織田家は信秀(信長の父)が当主だった。
また、6年前の天文12年(1543年、8月25日)、鉄砲が伝来している。

この時代、キリスト教の布教は植民地政策や貿易と一体化して行われていた。
西欧のカトリック教徒は「キリスト教を世界で唯一の価値ある宗教」と考え、
「キリスト教徒は文化人で、異教徒は野蛮人である。」と思っていた。

布教にあたってはその国の君主や領主などの支配層をキリスト教徒にして、その影響下にある地方をまるごとキリスト教化するのが効率が良いと考えていた。
それは、知識レベルの低い貿易商人では、日本を文化的な国にすることは出来ないだろうから(余計なお世話だが)、知識のある宣教師を送り込んで布教させる、というのがイエズス会の方針だった。


ザビエルはナバラ王国(バスク地方)の貴族の出身、パリ大学で学んだ秀才だという。
イエズス会の設立に加わった大物だ。

イエズス会は清貧、貞淑、服従を誓ったものからなる、異端者と対決することを目的としたカトリックの宗教団体だった。
ローマ教王から公認され、カトリック系諸国の君主たちから後援を受けていた。
アフリカ、アジアの後進地?に対する布教も重要な職務だったのだ。

ザビエルは上陸後、鹿児島、平戸で布教を開始するが、領主たち(島津氏、松浦氏)は交易には興味を示すが、キリスト教には関心を示さなかった。
ザビエルは天皇に布教の後援を願い出るため、京へ上るが相手にされず、このあと、大内氏の山口(現、山口市)や豊後の府内(現、大分)で布教した。
そして天文二十年(1551年10月)、日本をはなれインドへ旅立った。

ザビエルが会うことができた有力者のなかで、キリスト教に興味をもったのは、府内の大友宗麟だけだったという。
結果だけをみれば、ザビエルの日本での布教は成功したとは言いがたいが(九州の戦国大名、大友宗麟に影響を与えただけでも大したものだが)、
ザビエルが日本を去ったあと、トルレス、カブラル、オルガンチーノ、ビレラ、ヴァリニャーノ、フロイス・・・が日本にやって来ることになる。

ザビエルの撒いた種は、その後、ロレンソ了斎をはじめ多くのキリスト教信者を生み、キリシタンは権力者もほおっておけない存在となっていった。


中世ヨーロッパ人の世界観は「聖書」に強く影響を受けている。
ヨーロッパ、アジア、アフリカがヨーロッパ人が認識している世界だった。
そのアフリカ大陸がどこまであるのか解らず、アフリカの南部では太陽の熱が強すぎ、人は住むことが出来ないと考えられていた。

zonaarida22.jpg
《当時のヨーロッパ人が思っていた辺境の地(日本も)の怪物。
16世紀の《南アフリカ博物誌「アメリカ・ギアナ驚異史」》を参考に画いた。
《アラマタ図像館Ⅰ「怪物」小学館文庫¥733+税》のなかで紹介されている。

中世ヨーロッパ人の考えていた世界の外側(日本も)は神話や説話や寓話の世界。
キノケファレン(頭が犬で体が人間の生き物)や怪物が住んでいると考えられていた。
信長の時代でもヨーロッパの一般の認識は、この程度ではなかったか。

今でも、キリスト教地域では聖書の世界を信じている人は多い。それは日本人の想像を超える。
天動説を信じ、地球はお盆のような形をしており、端へ行くと落っこちてしまうと真剣に思っている人達がいる。そういう説を支持する団体すらある。冗談でやっているのではない。

地動説をとなえたコペルニクスを支持したガリレオの名誉が、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世によって回復されたのは1992年!ついこの前のことだ。恐ろしい!》



13世紀、ヴェネツィアの商人、マルコ・ポーロが「元」から帰国して、有名な「東方見聞録」のなかで日本を初めてヨーロッパに紹介した。「ジパング」である。
「東方見聞録」は15世紀に印刷されて流布するようになって、航海者に注目されるようになる。

これに触発されて「ジパング」を目指したのがイタリヤ、ジェノヴァのクリストバール・コロン(以下、コロンブス)だ。
ご存知のように、1492年、アメリカ大陸を発見することになる。信長の生まれる42年前のことだ。

コロンブスは「アメリカ大陸発見」が歴史上、燦然と輝いているが、
先住民族に対して、黄金や奴隷獲得目的に、拷問、虐殺、略奪、陵辱、暴行の限りをつくした男だ。
その後、こういったおぞましい悪行は常態化し、先住民の多くが虐殺された。

コロンブスがジパングにたどり着かなくて日本には幸いだった。
相手が文明的(軍事的)に劣っているとみると(文明人だからといって上質な人間とは限らない)、上から目線で、やりたい放題をするイヤラシさをボクは感じる。
文明人、未開人という言葉にもイヤなものを感じる。
脱線した。

その当時、ヨーロッパの強国はライバルとの覇権を争い、教会は布教活動に精を出し(未開の地は信者を増やす格好の目標だった)、貿易商は濡れ手に粟の後進地商売に色めき立ち、国家はそれを援助した。とボクは想像している。

ザビエルはローマへ書き送った報告のなかで、日本人について書いている。
「まず第1にいうべきことは、今までの交際によって知り得た限りにおいて、この国民は、私が出逢った民族の中で、最もすぐれている。‥‥
日本人は一般的に良い素質を持ち、悪意がなく、交際して非常に感じが良い。
彼らの名誉心は極めて強く、彼らにとって名誉にまさるものはない。
日本人は概して貧しいが、武士も町人も貧乏を恥と考えている者はない・・・」

「日本人は、すぐに信者になることはない。かれらはまずはじめに、多くの質問をする。
それから私の答えと、私にどれだけ智恵があるかを確かめようとする。
そして、何よりも私の生活が、私の教えることと一致しているかどうかを冷静に観察する。」とも書いている。

ザビエルは日本人に好印象をもったように思う(宣教師すべてが、日本人に好印象をもったわけではない)。

ポルトガル人が植民地経営を行ったアフリカやアジアでは、住民はヨーロッパの文明に恐れをなし(文明の利器を見せつけたのだろう)、宣教師のすすめるままにキリスト教徒になった。

ところが、怪物が住んでいると思われていた辺境の地(日本は、当時のヨーロッパの世界地図では東の端に位置する島国)には、独自の文化をもち、知的な民族が住んでいたことに、ザビエルは驚いたと思われる。



<ヤジロウのこと>

ザビエルはマラッカで日本人の青年、ヤジロウ(弥次郎、アンジローとも)と会う。
ヤジロウは武士で、人を殺したため、ポルトガル船でマラッカに逃げてきていた。

彼はヨーロッパ人にない礼儀正しさと知性をもっていた。
ザビエルはヤジロウから「日本は無知な後進国ではない」と思うようになり、これまでの異教徒に対する考えを改めざるを得なくなった。

日本でキリスト教の布教をした場合についてザビエルに問われ、「スムーズに進むだろう・・・」とヤジロウは答えたという。
日本への好奇心と布教の可能性をみて、ザビエルは日本へ行くことを決意する。

xavier42.jpg
《ザビエルとヤジロウとした。
教科書にも載っているザビエルの有名な肖像画を参考にした。
肖像画は良い絵だ。
肖像画の胸前にいだくハートには十字架が繋がっている(このイラストでは省略)。
そのハートから炎なのか?電気なのか?わからないが、四方八方になにやら出ている。熱い思いを表現したのだと想像する。

ヤジロウは正体すら、よく分かっていない人だから、肖像画などは望むべくもない。
もうすこしハンサムでも良かったかな?》



そのヤジロウ〔511年(永正8年)頃? - 1550年(天文19年)頃?〕は史上確かな最初の日本人キリスト教徒と思われているが、謎だらけの人物である。

薩摩あるいは大隅(両国とも鹿児島)の出身。豪族、池端氏では?の説がある。
ヤジロウはもとは貿易に従事していたと考えられている。フロイスの『日本史』では海賊“八幡”(ばはん)であったと書かれている

ザビエルの導きでゴアに送られたヤジロウは、1548年、ボン・ジェス教会で日本人として初めて洗礼を受けた。
霊名は「パウロ・デ・サンタ・フェ」(聖信のパウロ)。同地の聖パウロ学院でキリスト神学を学んだ。

1549年4月19日、ザビエルに従いゴアを離れ8月15日に鹿児島に上陸。

フロイスによれば、「ザビエルの離日後、ヤジロウは布教活動から離れて海賊に戻り最後は中国近辺で殺害された」と書いている。
またフェルナン・メンデス・ピントの『東洋遍歴記』、ジョアン・ロドリゲスの『日本教会史』によれば
「仏僧らの迫害を受けて出国を余儀なくされ、中国付近で海賊に殺された」とされている。



松田毅一、E・ヨリッセン共著「フロイスの日本覚書」中公新書¥600
武光 誠著「日本史を動かした外国人」青春出版社¥750+税
を参考にしました。






  1. 2013/05/21(火) 07:10:12|
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