ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

ハンプトン・ローズの怪物(その一)

今朝は台風が去って、ガクっと涼しい。
台風前の暑さが嘘みたいだ。

「自然は大いなる恵みをもたらすが、奪いもする」
最近、気にいった言葉。


さて、今宵は・・・

1862年3月8日朝、その怪物は、チェサピーク湾のジェームズ河の河口に現れた。
首長竜ではない(残念!)。
アメリカ連合国(以下南軍)装甲艦「バージニア」だ。

その姿は当時の軍艦とは、大きく異なっていた。
怪物を迎え撃つ合衆国海軍(以下、北軍)は、3隻の木造帆走軍艦(帆船)だった!



今回と次回は、以後の軍艦に大きく影響を与えた「ハンプトン・ローズ海戦」を書く。

ところで、「ハンプトン・ローズって何処?」と思われるでしょ。
アメリカ東海岸、ニューヨークやワシントンDCの南、約200km。バージニア州南東部。

ハンプトン・ローズとは同じ名前の水域を取り囲む陸地のこと。
ジェームズ川の北はバージニア半島。
ジェームズ川やエリザベス川の河口はチェサピーク湾や大西洋に繋がっている。


前年の1861年、アメリカで南北戦争が勃発(アメリカの内戦、あのアメリカで国を分けての内戦があったなんて、今ではピンとこないが)。

1861年4月、南軍の地上兵力は攻勢に出る。
バージニア州ノーフォークに迫り、ハンプトン・ローズの南側の地域を包囲。
北軍は、ポーツマスのゴスポート造船所を焼き払い撤退する。

この際、北軍は造船所に残っていた船を破壊したが、木造蒸気フリゲート艦「メリマック」は吃水線より上が燃えただけだった。

「メリマック」は南軍によって引き揚げられ、装甲艦に改装される。
艦名も「メリマック」から「バージニア」と変更された(以下、「バージニア」)。
怪物?の誕生だった。

この撤退により、ハンプトン・ローズ周辺で北軍が支配しているのは北側のバージニア半島、オールド・ポイント・コンフォート のモンロー砦 のみとなる。


北軍は、優勢な海軍力で、南軍の大西洋とメキシコ湾沿岸を封鎖しようとする。
艦隊をハンプトン・ローズに急派する。
一方、ジェイムズ川とエリザベス川という内陸の水路は南軍が制していた。
両軍の小競り合いはあったが、1862年の序盤まで膠着状態が続いた。


・・・1862年3月8日朝、南軍の怪物?装甲艦「バージニア」は動力(蒸気)航行で、北軍の封鎖を破るべく、ジェームズ河の河口に現れる。
北軍(アメリカ合衆国)の「カンバーランド」「コングレス」「ミネソタ」の3隻(いずれも木造帆船)と交戦する!

humptonrords222.jpg
《北軍の木造帆船軍艦「カンバーランド」に突進する「バージニア」とした。
この数秒後、「カンバーランド」は吃水線下に「バージニア」の衝角攻撃を受ける。
どてっぱらに孔を開けられたわけだ。
「カンバーランド」は、排水量1700トン、砲24門を持つ木造のコルベット。
各艦の位置、陸地の見え方、空の様子はイラストのようであったかはわからない。
想像で描いた。もうすこし狭い水域かな?》



「バージニア」は北軍の艦船へまっすぐに向かう。
距離が「カンバーランド」 から1マイル(1,609m)を切った。
北軍艦船と北軍の陸上砲台の全砲火が「バージニア」に開かれたとき、「バージニア」は攻撃を開始した。

「バージニア」は「カンバーランド」に突進、「カンバーランド」の砲弾は「バージニア」に命中するも、その装甲に跳ね返される。
なおも「バージニア」は突進、「カンバーランド」のどてっぱらに激突する!
ヴォン!バスッ!バキバキバキッ!
「バージニア」はその衝角(ラム、艦首の激突用の角のような武器)で「カンバーランド」を撃沈してしまった!

「バージニア」は「コングレス」 の方へ艦を転じる。
「カンバーランド」沈没をみて、「コングレス」の艦長は艦を退避させ浅瀬に座礁するように命令。

この時までには、ジェイムズ川の南軍小艦隊も到着し、「コングレス」を攻撃する「バージニア」と合流していた。
この状態が1時間続く。大破した「コングレス」はついに降伏。

「コングレス」の生き残った乗員が艦から退去する間、北岸にある北軍の砲台が「バージニア」を砲撃。
報復として、「バージニア」は「コングレス」に焼夷弾で砲撃を加える。
「コングレス」は弾薬庫が爆発、爆沈する!

一方、ジェイムズ川の南軍小艦隊は、モンロー砦を出て座礁していた「ミネソタ 」に対していた。
「バージニア」は損傷していたが、ジェイムズ川の南軍小艦隊と合流。
「バージニア」は、喫水下の船体には深刻な損傷を受けていなかったのだ。

夕闇がせまっていた。
「バージニア」は翌日に再度、北軍の艦隊を全滅させることを目論み引き揚げる。
夜の間、南軍が制海権を持つ水域に退いた。

この一日は、南軍装甲艦「バージニア」の独擅場であった。
とはいえ「バージニア」にも損傷がないわけではない。
衝角の一部がもぎ取られて、「カンバーランド」の横腹に刺さったままだ。
「カンバーランド」、「コングレス」、そして沿岸砲台による砲撃が「バージニア」の煙突を穴だらけにしたため、遅かった速度がさらに落ちた。

二門の砲が使用不能、装甲板は数枚が剥落。
さらに、ブキャナン艦長は大腿骨を骨折。
彼はこの負傷によりケイツビー・R・ジョーンズ副長へ艦の指揮権を移譲。
ブキャナンの脚は後に切断される(痛っ!)。

話はここで終わらない。「バージニア」に新たな強敵が現れる。
それは「バージニア」と同じ装甲艦に類別されるが、また違った怪物だった。

次回「ハンプトンローズの怪物・その二」に続く・・・


この年の9月14日(文久2年8月21日)の日本、
外国人遊歩許可区域内にある川崎大師の見物に出かけていた騎馬のイギリス人4人が,公武合体と攘夷を幕府にもとめる勅使大原重徳に随行し、京へ帰る途中の島津久光の一行(雄藩、薩摩の大名行列)と生麦村(現,横浜市鶴見区)で出くわした。

「下に~下に~」の意味もわからず、せまい道で進退きわまっているイギリス人に、無礼を働いたとして供頭の奈良原喜左衛門が斬りつけた。つづいて多数で襲撃した。
「生麦事件」だ!
ぺりー艦隊の来航以来、日本では攘夷(外敵は討つ)思想が優勢になり、騒然とした時代だった。
「生麦事件」については、いつか書きたい。

かたや、アメリカでは、南北戦争(内戦)が前年に勃発、実はアメリカも大変な時代だったのだ。
ペリー艦隊が久里浜に現れたのは、今回の「ハンプトンローズ海戦」の9年前。
南北戦争の前だった。




<南軍の装甲艦「バージニア」のこと>(旧名「メリマック」)

南北戦争初期、北軍がバージニアから退去する際、北軍はノーフォークにある海軍造船所を破壊した。
そこにエンジン不調のため係留されていたのが北軍の蒸気フリゲート艦「メリマック」だ。

造船所の破壊で係留中の「メリマック」も火災を起こし沈没したが、艦は吃水線までしか燃えなかった。
造船所を占拠した南軍のブルック大佐らの提案により船体を引き揚げ、装甲艦に改装されることになる。
上部構造を減らし、鉄板で覆った(吃水線下は木造のまま)。
1862年2月17日、南軍は同艦を「バージニア」 として再就役させる。

鉄板の装甲が敵の砲火を無効化すると考え、「バージニア」に衝角(現代の軍艦にはない。艦首の吃水線下に硬い角状のものを取り付け、艦ごと敵艦に衝突させて、孔を開けて撃沈する)を装備した。

完成を目指す努力にも関わらず、「バージニア」は出航時にまだ艤装員を乗せていた。
海上公試または航海訓練をしないまま(完成体ではなかった)、大急ぎで出撃する。
艦長には、フランクリン・ブキャナン大佐が選ばれた。

CSSVirjinia32.jpg
《「バージニア」の側面形、船首の突起が衝角(ラム)。》

       
<船体>
排水量は3500トン(4000トン説もある。第二次大戦当時の大型駆逐艦ほどの排水量だ。)の蒸気船、
船体の六割は水面下(水面下は木造)にあり、水面上の砲室は左右の側壁が大きく傾斜している。

側壁は、厚さ24インチ(約600mm)の木材の表面に厚さ2インチ(約50mm)の鉄板を縦横二重に、計4インチ(約100mm)の厚さに張った。
水上の砲室の高さは、わずか15フィート(約4m57cm)だ。船体の構造にはかなり問題があって、水漏れが多くみられた。

<備砲>
9インチ(直径、約225mm)の滑腔砲(かっこうほう、砲身内にライフリング(旋条)がない砲)6門。
6.4インチ(直径、約160mm)施条砲(せじょうほう、弾道を安定させるために、ジャイロ効果を利用し弾を回転させる砲身内に螺旋状の溝(ライフリング)を切り砲弾に食い込ませて回転を与える砲)2門。
7インチ(直径、約175mm)施条砲2門。
12ポンド榴弾砲(りゅうだんほう、同口径のカノン砲に比べて砲口直径(口径)に対する砲身長(口径長)が短く、低初速・短射程であるが軽量でコンパクト、高仰角の射撃に主用する)2門の計12門。

<機関、航行性能>
もともと調子の悪かったエンジンをそのまま使ったので、「バージニア」は扱いにくい艦だった。
パワーは不十分で、速度は6ノット(約、時速12km)から最高でも9ノット(約、時速18km)しか出ない。

さらに、運動性能は、180度の進路変更に30分から40分もかかってしまった!という。
現在の船と比べると、ノロノロと進み、ウンザリするくらい時間をかけて回頭した。


木造の構造に、甲板より上の構造物に鉄板を貼り付けたわけだから、当然、重心は上がる。
構造物を低くして、標的になりにくくして、すこしでも重心の上昇を抑えようとしたのだろう。
おそろしく低い乾舷、高い重心からして、波の荒いところでは使いものにはならなかっただろう。


それでも、木造の帆船や蒸気帆船がほとんどの時代(「バージニア」に撃破された北軍軍艦3隻も、すべて木造帆船)、帆をもたず、傾斜した上部構造物に鉄板を貼り付け、
きわめて低い艦型の「バージニア」が敵弾が上げる水柱のなか、煙突からモクモクと黒煙をたなびかせ、突進する様は異様だっただろう。

「ハンプトンローズの怪物」にふさわしい!

次回「ハンプトンローズの怪物・その二」に続く・・・




wikipedia「ハンプトンローズ海戦」を参考にしました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA%E6%B5%B7%E6%88%A6







  1. 2013/09/17(火) 06:58:59|
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