ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

装甲艦マナサスのこと

以前、「ハンプトン・ローズ海戦」のことを調べていたとき、黎明期の装甲艦が面白いと思った。
軍艦に限らないが、およそ黎明期は面白い。

例えば、最近のジェット旅客機はどれも、似たような格好をしている
(ジェット旅客機ファンからいわせれば違うということになるのかもしれないが?)。
ほとんどが低翼単葉で翼下にジェットエンジンをぶら下げている。
いろいろな試みがなされたが、結局、この形に落ちついたのだろう。
形態的にはジェット旅客機は安定期にあると思う。

どんなものでも黎明期や変革期は手探り状態だから、不思議というか、とんでもないというか、おかしなものが作られることになる。
安定期からみれば、稚拙だが、面白いものが多い!


manassas312.jpg

前置きはそれぐらいにして、
いかがでしょうか?一見すると平たいダンゴ虫?それとも、ゴキブリ?

アメリカ南北戦争のアメリカ連合国海軍(南軍)の最初の装甲艦、CSS マナサス (CSS Manassas)だ。
イラストは川を微速前進するところとした。

煙突があるから、かろうじて水上艦艇だとわかるが、潜水艦のようだ。
マナサスの煙突はイラストのような1本ではなく左右に2本だった、とか、煙突の位置はもうすこし後ろだったなど、正確な資料が残っていない。

先端の喫水線下(水面下)には衝角(ラム)が隠れている。
衝角(ラム)とは艦首を敵艦にぶつけ、穴をあける突起のこと。当時の軍艦の有効な攻撃方法だった。

喫水線下の船体は木製だ。
引き船として建造されたものを改造したので、水面下の船体は、木製ボートとさして変わらない形をしている(大きさはちがうが)。
喫水線上の未来的な形とは裏腹に喫水線下のマナサスは平凡な形をしていた。

艦首からすこし後ろの首尾線上に前方に向けて64ポンド、ダールグレン砲 x 1(後に32ポンド砲に交換)を装備している。イラストの指をさしているところ)。装甲の覆いが施されている。
これが唯一の装備した砲だった。

マナサスの主な攻撃法は衝角(ラム)による突撃、衝突だった。
敵艦のどてっぱらに、艦首の衝角で大穴を開けることだった。
敵艦に対して突進するとき、おそらく、マナサスはこの大砲をブっぱなしながら進んだのではないだろうか?

マナサスの速力は4kt(ノット)、時速7.4kmだ。
人の歩くのが時速4kmだといわれるから軽いジョギング程度。現代から見ればノロノロと進んだ。

波の静か川での運用を目的としたのだろう、満載状態では煙突を除いた船体の高さは水面からわずか120cm。
敵艦が照準を行うことは困難だったという。
鉄板で丸く装甲された上部は、砲弾が命中してもそれを滑らせて威力を激減させる(傾斜装甲という)。
その装甲は、ほとんどの北軍艦砲に耐えることができた。

イラストの首尾線上に並んでいるのは、おそらく換気口だろう。
しかし、ボクはマナサスの乗員にはなりたくないな。
艦内は暑くて換気が悪そうだ。被弾したときは半潜水艦状態だから逃げにくい。



マナサスは1862年9月12日に就役、直後にアメリカ連合国(南軍)海軍が徴用、ミシシッピ川下流で行動した。
1861年10月12日、A. W. ワーレイ大尉を艦長として、北軍封鎖艦隊奇襲攻撃(ヘッドオブパッシーズ海戦)に参加する。

マナサスは北軍のUSS リッチモンドに衝角攻撃をかけるが失敗。
逆にマナサスは鉄の艦首と煙突を失い、一時戦線を離脱しようとするが、北軍のはUSS プレブルからの砲撃にさらされる。
しかし、その装甲が功を奏して耐えることが出来た。

マナサスは2ヵ月後に再就役、正式にCSS マナサスとなり、南軍のジョン・ミッチェル大佐が指揮するミシシッピ下流域艦隊に属した。
北軍の艦隊がニューオーリンズを目指して侵攻を開始、ジャクソン砦・セントフィリップ砦の戦いが発生する。

マナサスもこれに参加。
北軍艦艇のUSS ペンサコーラに衝角攻撃を試みるが失敗。北軍艦隊からの猛烈な砲撃にさられた。
続いて、USS ミシシッピー(久里浜に現れたペリー艦隊の一隻)に突撃、衝角攻撃に成功する。
艦裁砲での攻撃も行ったが致命傷は与えられなかった。
次に、マナサスはUSS ブルックリンに対しても衝角攻撃に成功して大破させる。
「やるじゃないか!平たいダンゴ虫!」

戦闘の後、マナサスは北軍艦隊を追跡するが、ミシシッピーがマナサスを発見して攻撃、
マナサスはこの攻撃をかわすが、座礁してしまう。
ミシシッピの舷側砲の攻撃から逃れるため、マナサスの乗員は退艦。
砲撃が始まると、マナサスは離礁するが、北軍の臼砲搭載艦艦隊の前に漂い出た。
北軍はこれを拿捕しようと試みるが、マナサスは爆発沈没した(自沈かもしれない)。

南軍の装甲艦としては1862年ハンプトン・ローズ海戦の「バージニア」のほうが有名だが(有名といっても一般的にはほとんど知られていない)、「マナサス」の戦歴もなかなかのものだ!



嘉永6年(1853年)、久里浜に現れたペリー艦隊の旗艦「サスケハナ」は帆走と外輪式蒸気機関推進併用の機帆船だ。
艦種はフリゲート。

当時、「サスケハナ」は最新鋭だったが、木製の軍艦だ。
黒船と呼ばれたので、鉄板が貼られているかのように思うが、実は貼られてはいない。
それから8年後の1861年、南北戦争が勃発した年に「マナサス」は就役している。

装甲用の鋼板の生産、蒸気機関の進歩、スクリュー推進の実用化、高性能炸裂弾の実用化、など、軍艦に鉄の装甲を施すための条件が揃った。
既存の木製軍艦から外面に鉄板を張り付けた装甲艦へと移っていく時期だったのだ。
「マナサス」の就役から8年後の1869年、明治新政府が手に入れた航洋型(外洋を航行できる)装甲艦「甲鉄」(こうてつ、旧名「ストンウォール」)は函館政府の木製軍艦を圧倒する。

軍艦は装甲と大砲の時代になっていた。



●CSS マナサス (CSS Manassas)

分類: 蒸気タグボード→装甲艦
排水量: 387トン
総トン数: 384 1?2トン
全長: 143 ft (44 m)
全幅: 33 ft (10 m)
喫水: 17 ft (5.2 m)
機関: 蒸気機関
総員: 36人(士官及び兵合計)
兵装: 64ポンドダールグレン砲 x 1、後に32ポンド砲に交換









  1. 2014/11/11(火) 07:11:26|
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