ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

井戸の茶碗

豪雨災害の被災者の大変さ、お見舞い申し上げます。

「桂歌丸」が亡くなった。ご冥福を祈る。

テレビでの 落語の放送が少なくなって随分となる。

『浅草お茶の間寄席』(ぼくの住んでいるところでは三重テレビ)で週に一回やる。
聞いているのが辛くなる演者もでてくるが、貴重だ。
『笑点』でもときどきやる。
以前はNHKでもたまに見ることができたが、最近は見ない。

ボクは落語に詳しくはないが、好きだ。


『井戸の茶碗』という話がある。そのあらすじ。

麻布茗荷谷に住む、くず屋の清兵衛。ある日、清正公脇の裏長屋で身なりは粗末だが、
品があって器量よしの、年のころ十七、八ほどの娘に呼び止められる。
その父、浪々の身の千代田卜斎から、仏像を二百文で買い受ける。

仏像を荷の上に乗せ、細川様(大名)の下を通りかかると、若い家来の高木佐久左衛門がその仏像を見つけ三百文で買い取る。
右から左で差し引き百文の儲け、清兵衛はうれしくなる。

高木がぬるま湯でその仏像を洗っていると、
台座の紙が破れ、中から五十両(現在の価値なら1000万円)が出てきた。
高木は次回、清兵衛の来るのを待ち、事の次第を話し、
「仏像は買ったが五十両は買った覚えはない。よって五十両を売主(卜斎)に返せ」という。

清兵衛は言われたとおり五十両を卜斎の家に届けに行く。
卜斎は「売ったからには仏像から何が出ようとも自分の物ではない。その金は受け取れぬ」と、

しかたがないから、清兵衛は再び高木の所へ行くが、高木も頑として受け取らない。

困った清兵衛は卜斎の長屋の大家に相談すると、
「それでは、卜斎様と高木様に二十両づつ、清兵衛さん、あなたに十両ということにしてはどうか」
と知恵をだしてくれた。

卜斎はその二十両のカタに、普段使っている汚い茶碗を高木に渡すことで渋々納得する。

このいきさつを訊いた細川の殿様が高木に「その茶碗を見たい」と仰せられた。
見ると、これが「井戸の茶碗」という名器だった。
「佐久左衛門、三百両(約6000万円)でこれを買いうけたいが、どうじゃ?」
ということで殿様のもとへ。

清兵衛は高木から依頼をうけ、半分の百五十両を卜斎に届けるが、
卜斎はむろん「二十両のカタに高木殿にお渡ししたもの。その金は受け取れぬ」だ。

清兵衛は、「それなら、また高木様に何か差し上げて、その代わりに百五十両をもらうことにすればよろしいのでは?」というが、卜斎にはもう高木に渡す物がない。
卜斎は考えたあげく、「百五十両を支度金として娘を高木殿へ嫁がせたい」という。
「浪々の身ではあるが、ひと通りのしつけはしてきたつもりだ」と、

喜んだ清兵衛、早速この話を高木に伝えに行く。
高木も「千代田殿の娘ご」なら間違いないと、話は早い。

清兵衛 「今は裏長屋に住んでいて、ちょいとくすんでいますが、こちらに連れてきて磨いてご覧なさい、いい女になりますよ」
高木 「いや、もう磨くのはよそう。また小判が出るといけない」


idojyawan31.jpg
<イラストは「井戸茶碗」とした。
こんなにひどくはないが、いびつなものもある。

イラストのように袴の脇から手を入れている武士の写真を見たことがある。
古武道研究家の甲野 善紀(こうの よしのり)も、テレビで同じ姿勢をとっていたのを記憶している。
ボクの知人に合気道三段がいる。
先日、このことを訊いてみた。

「あれはねぇ、手の指を取られないようにしているのだよ。
指を取られると相手に制禦されてしまうからね。」
なるほど。>



『井戸の茶碗』は故、古今亭志ん朝が得意にしたという。
「人の良い屑やの清兵衛」、「闊達な若侍、高木佐久左衛門」、「頑固だが律儀な浪人、千代田卜斎」、を
演じわけるのが噺家のうでの見せどころだ。

この話には端役の「細川の殿様」にいたるまで、欲のない正直者しか出てこない。
落ち(さげ)まで正直者達で押し通す。

映画などで、ハッピーエンドとアンハッピーエンドのどちらがシックリくるかといえば。
ボクはアンハッピーエンド派だ。プラス思考ではない。

ところが『井戸の茶碗』を初めてきいたとき、ちょっと感動した。

この世では、無欲の正直者は少ない。
『井戸の茶碗』は現実では成立しにくい。落語だから素直に聞けたのだろう。
もちろん、落語家の腕もある。
これを聞くと、いい気分になる。
「何事にもウラがある」と思っているボクが・・・


(注)「井戸茶碗」は李朝中期に朝鮮で焼かれたもの。高麗茶碗の一種。
本来、雑器であったものが,桃山期の武将,茶人の好みにかない,抹茶茶碗として珍重された。
以来,茶の湯の茶碗の中でももっとも重視されるものとなった。

形や作風から大井戸(名物手),青井戸,小井戸(古井戸)などに分けられている。
大井戸は大振りな井戸茶碗という意味。深い碗形をなし,高台はほとんど竹節状に削り出されている。







  1. 2018/07/10(火) 07:53:41|
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