ブエノス小僧のイラストブログ

興味があることを、ガサガサ、ゴソゴソ、画いたイラストといっしょに掲載します。

「放屁論」

幕末の才人、平賀源内です(右下)。

平賀源内はエレキテルや「土用の丑の日」のキャッチフレーズで有名ですが、
「放屁論」というのがあることを見つけました。

ボクは「放屁論」を今まで知りませんでしたが、どうも有名らしい?

hiragagennai33.jpg

安永年間に江戸でおならの曲芸をする芸人が現れて、大評判になった。
芸名「曲屁福平」(”きょくへふくべい”と読むのでしょうか?)。

舞台の上で、三味線にあわせ、犬の遠吠え、鳥の鳴き声、
水車の音、・・・をまねたといいます。

その芸を見た平賀源内は
「このような珍芸は世界広しといえども他にはあるまい。大したものだ!」と感心した。

これを聞いた無粋な侍(左の)が・・・




「見世物といえども忠義貞節の道を教えるものでなければなるまい。
おならなどというものは、そもそも人前で鳴らすものではない。

もし人前で粗相をすれば、武士なら切腹。遊女でさえも自害をしたという。
それを人前で鳴らして金を儲けるとは不届き千万。
それを見て感心する平賀源内は大ばか者だ。」とののしった。

これへの源内の返答が「放屁論」で、
「あなたのおっしゃることは一応もっともだ。
おならというものは、音があるとはいっても音曲のように聞くこともできないし、
匂いはあっても伽羅麝香のように用いることはできない。

さらに、糞尿のように肥料に役立てることもできない。
これほど役にたたないものを、この芸人がいろいろ研究して、
まわりの小屋が及びもつかないほどの大盛況とした。

これにひきかえ近頃の学者は古い重箱のすみばかりをほじくり返し、
文章家や歌人も、古人の物まねばかり。

医者はムダな議論ばかりして、はやり風邪ひとつ治すことができない。
俳人は芭蕉のよだれをなめ、茶人は利休の糞をなめるよりほかに能がない。

ところがこの芸人は、今までだれも用いないおならで曲屁の芸を発案したのであって、
この心をあなどってはいけない。」

以下、原文の一部
「・・・、我はかの屁の音を借りて自暴自棄未熟不出精の人々の眠りをさまさんためなりと、
言うもまた理屈くさし。子が論屁のごとしと言わば言え。我もまた屁とも思わず。」

胸のすく源内の啖呵だと思う。
「これにひきかえ近頃の学者は・・・以下」のところがボクは気に入っています。

こういった文脈を読むと自分自身を源内側に置いて、
「そうだそうだ!」と言ってしまいがちですが、それはちょっと卑怯な気がする?

「放屁論」を読むと、啖呵ばかり集めた「啖呵集」のような本はないかな?とボクは思う
。閉塞感が充満している今に読んでみたいと思うのです。

例えば、落語の「たがや」の中の啖呵や香具師(やし)の啖呵売など、
リズムがあって、社会を皮肉った胸のすく啖呵があると思うのですが?
もちろん創作でもかまいません。

平賀 源内(ひらが げんない)
享保13年(1728年)- 安永8年12月18日(1780年1月24日)
江戸時代の日本の本草学者、蘭学者、医者、作家、発明家、画家(蘭画家)、と多才。

讃岐高松藩の足軽身分の家に生まれる。下級武士ようです。

彼は鉱山開発の指導を行ったり戯作を書いたりと、文化から技術、実業まで実に幅広い。

男色家(ボクは知らなかった)。
生涯にわたって妻帯せず、歌舞伎役者らを贔屓にして愛したという。
わけても、2代目瀬川菊之丞 (瀬川路考)との仲は有名らしい。

安永8年(1779年)大名屋敷の修理を請け負った際に、
酔っていたために修理計画書を盗まれたと勘違いして2人を殺傷、11月21日に投獄され、
12月18日獄死、享年52。
杉田玄白らの手により葬儀が行われたが、幕府の許可が下りず、墓碑もなく、
遺体もないままの葬儀となった(異説あり)。以外な最期です。

時代劇に現れる平賀 源内は洒脱でカッコいいですが、実際はどうだったのでしょう?
ひいき目に見れば、自分を信じた才人、見方を変えれば、
組織では生きられない人だったのではないでしょうか(組織で生きていくことが良いかどうかは?)?
知識人ですから、話をさせると長かったり、理屈っぽかったりしたかもしれませんね。

平賀源内の肖像画は、キセルを片手にもった役者絵のようなのが有名です。
この肖像画が源内のイメージを決めてしまったようです。

イラストは、普通のチョンマゲではない、ちょっと凝った髷(髷の名前はわからない)、
面長の顔、キセルを片手に柔らか物(絹)の着物。といった設定にしました。


阿刀田高著「ユーモア革命」文春新書¥720+税 を参考にしました。



  1. 2010/03/09(火) 07:29:10|
  2. 歴史
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  4. | コメント:2
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コメント

コメントをありがとうございました。

「放屁論の全文読めるところ」を知りません。
ごめんなさい。
悪しからず
  1. 2015/06/14(日) 07:30:05 |
  2. URL |
  3. ブエノス小僧 #-
  4. [ 編集 ]

放屁論の末尾に曰く

「もしも賢き人ありてこの屁のごとく工夫を凝らし、天下の人を救いたまわば、その功大ならん。
心を用いて修行をすれば、屁さえもかくのごとし。
ああ、済世に志す人、あるいは諸芸を学ぶ人、一心に務めれば、天下に鳴らんこと、屁よりもまたはなはだし」

放屁論から以降の、この二百と何年……我々は一体何処まで行き着けたのか。

とりあえずは放屁論って今なら、どこで全文読めますか? 出来れば現代語訳付きで。
  1. 2015/06/13(土) 10:17:25 |
  2. URL |
  3. #Y02TW4VM
  4. [ 編集 ]

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